209 朝5時過ぎ、まだ暗いうちにバンガロールに着く。政府のバスではないのでメインバスターミナルには到着しない。ほとんど人もいないどこかのバスステーションの片隅で降ろされる。リキシャワーラーが寄ってくるがとりあえずは無視。微妙に動き始めたバスの車掌に駅前のメインバスターミナルまで行くかを聞いて回ると、簡単にそこまで行くバスが見つかる。メインターミナルだけはある。 バスは東京の最新式のバス並かそれ以上にきれいだ。メルボルンとクアラルンプールでもここまでぴかぴかではなかった。バックパックを担いでいるのは我々だけだし、竹の杖なんてついているのはバンガロール中で私だけではないかという気がしてくるほどだ。バンコクのサイアム・スクエア以上に場違い感がある。 メインターミナルでJunちゃんと別れる。彼女はマイソールに取材に行き、私はサイババ2世の居城、プッタパルティを訪れることにした。バスの乗り場は係員に聞くとすぐ分かる。人気の行き先なのだ。乗客も多い。英語の堪能なインド人としばらく日本の経済状態と技術について熱く議論を交わし、やってきたバスに乗り込む。朝一から動いたので眠くなってしばらく眠る。 起きると外の景色はストーンカントリーと荒野がモザイク状に広がっている。赤茶けて、乾燥している。幹線道路沿いのせいか時折現れる町並みは整っている。やがてバスは脇道に逸れ、さらにローカルな荒野の中を走っていく。それでもちゃんと舗装されているししっかりした道だ。2世が資金を注ぎ込んでいるという話は本当のようだった。 30分ほどそのまま走ると飛行場が見えてくる。小さいけれどちゃんとした飛行場だ。ムンバイから便が飛んでいるらしい。考えてみれば21世紀に聖者の生まれ変わりに会うために飛行機まで飛ばしてしまうのだ。インドの底の計れなさである。飛行場を過ぎると徐々に人家が見えてくる。そしてやがて道の両脇に体育館や病院、学校などの箱物巨大施設が現れる。どれも2世が建てたものだ。 バスステーションに到着し、バスを降りると出迎えてくれるのは驚くほどの2世のアフロだ。巨大な看板が目に付くところにいくつもあり、視線を逸らしても小さな看板の中で豊かなアフロが笑っている。リキシャの後部の広告もアフロなら無料飲料水機にも貼り付いている。今は彼はババよりはラムを付けられ、サイラムと呼ばれている。ババが「行者」的な意味を持つのに対し、ラムは「神」だ。1世は最早神格化されて人気だが、生きているのにすごいなあと思って宿を探すとちょこちょこ声をかけてくる。そんなに安くなかったけれど仕方がない。とりあえず一番安いところを見に行く。 ついて行くとなんと建物の5階だった。子供用のレインボーという型名の自転車が置いてある。これも何かの啓示か、ただの偶然か。宿の人に3泊すると言ってまけてもらうが、最終日に朝一で出てほしいと言われる。面倒なので断って出ようとすると引き止めてくる。結局昼までいさせろとごね倒して泊まる。ここまで連れて来た客引きがバクシーシを要求してくるが訳が分からない。コミッションなら持ち主から取ればいい。一蹴して追い出す。 正直宿だけでなく、街も雰囲気は気に入らなかった。街にいる人々の顔が全然楽しそうではないのだ。お店の人も雰囲気がとてもとげとげしている。アフログッズを売りさばこうと誰もが必死に見える。額にしわを寄せてきょろきょろと客になりそうな人を探す。他の街でも土産屋はたくさん見たけれど彼らには余裕が感じられない。信者たちにしてからそうだった。偉大なるサイラム2世の総本山に来ているのに誰も笑っていないのだ。辛そうな、苦しそうなものを抱えているような顔をしている。英語で言うなら「suffer」しているというのがきっと適切なのだろう。白人の信者も多かったが、みんな漂白剤に漬け込まれた後一週間くらい陰干しをしたような青っ白いしけた顔をしている。なぜだ? そんなことを考えながら歩いていたら物乞いが足にしがみついてバクシーシを求めてきた。これには正直驚いた。物乞いも山ほど見てきたけれど、しがみつかれたことは初めてだ。せいぜい服の裾を引っ張られる程度で、そのような手段に訴えてきたものは誰一人いなかった。恐らくはカーストの強力な縛りのせいだろうとも思うが、そこには何らかの秩序があった。ここではそれが壊れていた。これはサイラムの名の下にもたらされた「自由」と呼んでいいものなのだろうか?その物乞いの顔も他の人々と同じように、居心地の悪くなる棘を持っていた。 夕方のダルシャンを見に行く。入り口で男女別に並ばされ、持ち物検査と簡単なボディチェックを受ける。カメラは持ち込めないとのことだ。中に入るとそこは広大なサイラムアシュラムの敷地内だ。ホールには相当の人が既に集まっていたがまだ途中のようだった。時間までしばらく敷地内を散策する。本当に広い。宿坊や食堂などがあるようだが外からはなかなかよく分からない。 気がつくとダルシャンホールは満席になっている。ホールの脇から他の見学者とともに拝謁することになった。2世は長いこと体調が悪いらしく、出てくるかは分からないとのことだった。今回はどうなのか、情報がないから全然分からない。いくつかのバジャンが流れ彼の姿は現れないまま時間が過ぎた。 そして突然前触れもなく彼が姿を現した。ドアが開き、車椅子に乗ったサイラム2世がお付の人に押されながらダルシャンホールの彼の場所へと進んだ。その瞬間、場の空気は全てサイラム2世に支配された。どよめきのようなものが人々の間を走り、それは私のいるところまで及んだ。全てを釘付けにし、離すことがない。これが彼の力だった。彼が単なるいんちきアフロ聖者でないことはその瞬間に分かった。もう、これは実際見てそうだったからだとしか説明のしようがない。説明になってない?でもしょうがない。そうとしか言えない。 彼自身は数々のスキャンダルやその目立つどでかいアフロにも関わらず、本物だったと言うのが私の正直な印象だ。それだけのものを彼はその内に持っている。問題は、状況がその彼のコントロールすら超えていることだ。 サイラム2世の教えでは、彼に帰依し、全てを委ねればその人は救われるという。サイラムアシュラムでも、大切なのはそのこととされ、サイラム2世へのダルシャン以外のことは基本的にはやらないようだ。せいぜいボランティア程度で瞑想や修行はない。つまり、ここにおいては個人の霊的な成長というようなものは問題にされない。サイラムに帰依すれば救われるのにどうしてそんなものが必要あるだろうか、ということだろうか。むしろ邪道と映るのかもしれない。その帰結として、全てがサイラム2世に向かって流れ込む。正も負も、全てだ。彼の病の一因はそこにあるのかもしれないとふと思ってしまった。 そして街の話だ。なぜ街にあんな空気が流れているのだ?ここが彼の作った街である以上、あの空気は彼によってもたらされたと言うことができる。彼の中に悪しきものがないのであるのなら、それはコントロールの不全ということになる。彼の制御を超えるだけのものがこの街に流れ込んできてしまっているのではないか。世界的に有名人であり、救いをもたらす聖者。アクセスも非常に良好。でかいアフロ。20世紀末のポップアイコンのひとつとして華々しく登場した彼はその時点で既に大きすぎる入り口を開けてしまったのかもしれない。 最後に、一個の限りある肉体を持つ生命体として、彼はやがて死ぬ。その後はどうなるのかということだ。病によって救いの力が減じているというような物言いも多少は聞いたがそんなものはお笑い種だ。じゃあ彼が死んだらどうする。救いの力は消えるのか?たかだかサイラム2世という一個体の死によってどこかに消えてしまうような救いだとしたら、そこにどんな意味があるのか? もちろんどこかにモヒカンのサイラム3世が待っているのかもしれないが残念ながらそんな話は誰からも聞いていない。要するに、答えがないのだ。
by djsinx
| 2010-02-10 17:10
| 旅の記録
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