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ネットとマスコミの間で自分のバランスで歩くってこと

「□□であることが科学的に証明されています」とか「◯◯先生が仰っていました」とか「××と言われています」、「△△だそうです」みたいな話を、(真偽に関して検証の余地のある)ひとつの意見としてではなく真理として受け取ってしまうのって何が欠落してるんだろうな。

3.11以降、お花畑や放射脳たちが散々これで批判されてきて、俺も批判してきたけど、そのお花畑や放射脳をあざ笑い続けていたネトウヨも「在日特権ガー」とか同じようなパターンに陥って無様なことやってるし。「ググれカス」って言葉はあっても結局誰も実践してないってことなのか。まあ、だからこういう言い方になってるのかもしれんがw

とりあえずインターネッツ抜きでは語れない高度情報化社会の現代としては

・ググって複数のサイトを読む(自分の気に入らない考え方のも含む)。
・出版物として編集、出版された本(電子書籍でも)を読む。
・一次情報を自分で調べる。


くらいが現実的なところなのかね。実際自分でやってみる、体験してみる、まで行けたらいいんだろうけれど、なかなかそこまでのライフスタイルを確立するのは万人にとって簡単なことではないし。

簡単に情報が手に入ってしまう、そして発信できてしまう現状なのに、「情報として発信されている以上、正確なものであるに違いない」っていう新聞、テレビ、出版社が情報発信を担っていた時代の感覚がまだ残っているんだろうなっていう気がする。

「マスゴミの情報は支配者にコントロールされている!」っていう話もある程度分かるし、偏向もしている部分があるとは思っている。でも、そもそも論になるけれど、それ言ったら客観的な報道ってこと自体が幻想でしょう。すべての情報は編集されるし、演出される。ひとつのデータから反対の結論を導き出すことなんていくらでもできる。

だから全ての情報はその辺を「折り込み済み」で読み取らないといけない。情報リテラシーって言葉が出てきたのは随分前の話だけれど、そういう基礎的な筋力みたいな部分が抜け落ちている人が多すぎるんじゃないだろうか。

最初の話で言えば、個人ブログやFB、Twitterなんかでの個人の書き込みはコントロールされていない生に近い情報を伝えてくれる可能性はあるけれど、正誤や信頼性、データの裏付けが担保されていない、もしくは発信者の信頼性によってしか担保されない。出版物であれば複数の目によって推敲され、検証され、出版社やテレビ局の名前によって担保される。もちろんそれでも間違いはあるし、客観的ではない。

「私は自分の信じたいものを信じる」だけならもうその人の勝手だし、正直話し合いの余地はほとんど残されていない。でも、そういうカルトみたいなところに入り込むのではなく、他人や社会とコミュニケーション取りながら生きていくつもりなら、「ネットで真実」みたいなところと「テレビが言ってるから」の間のバランスを自分で取れるようにならなきゃいけないんじゃないのかなって思う。
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by djsinX | 2013-06-04 08:54

大阪に原発という妙案

とりあえずこういう案を大阪府知事が全府民の鼻先に突きつけることができるというのはいい環境だと考える。日の丸・君が代の件でもそうだったけれど、これくらい片っ端からひっくり返していい。そこで反対するなら大阪府民はどんどん声を上げていけばいいし(西成の暴動の伝統もあるわけだし)、そういう政治と国民の関係がもっと日本中で一般的なものになっていけばいい。

橋下知事はそういう人間を育てて増やそうとしていると感じている。強烈なパフォーマンスを通じて何を言おうとしているのか。既存の体性や常識をアプリオリに受忍せず、常に考えて選択し、行動する主体としての国民を望んでいるのだろう。

特に私は橋下知事の政策を片っ端からよきものと祭り上げるつもりはない。ただ、そこにある国民の頬を張り飛ばして目を覚まさせようとする姿勢には非常に共感する。

今回の原発問題に関して関西の人間は外野だ。多くの人にとって福島の大問題は他所事で他人事だ。自分が福島から戻ってくると、それを否応なく肌で感じ取らされる。時間が経つに連れてその感覚はどんどん強くなる。だけどもちろん原発の問題は福島だけの話ではない。安全基準の問題、老朽化の問題、そして目の前のもんじゅの問題など、関西でも、日本全国で見ても全ての国民が自分のこととして受け取らなければならないものだと感じている。

そのきっかけの一撃として、この言説は歓迎したい。


--以下引用--

社会総合 - エキサイトニュース

東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けて、「脱原発」を主張している大阪府の橋下徹知事が、「原発が本当に必要なら、一大消費地である大阪に造るという話を府民の皆さんにしなければならない」と発言し、物議をかもしている。

2011年6月12日には、自身のツイッターで「大阪湾のどこかに原発を立地する。大阪府民の皆さん、リスクを採るか、利便性・経済性を採るか、どちらにするか」と書き込んでいた。
「府民は原発を自分のこととして考えていない」

福島原発の事故後、橋下知事は「原発依存度を下げていかなければいけないという政治家としての思いがある」と語り、「脱原発」の旗印を鮮明にした。大阪府の電力は原発が集中する福井県に依存していることから、「府民は原発を自分のこととして考えていない」と指摘。「電力のあり方」を府民にたびたび問いかける一方で、原発推進派を強くけん制してきた。

半面、「何でもかんでも原発はダメというつもりはない」(橋下知事)とも話し、大阪府民が「原発が必要」というのであれば、その方向に舵を切ると柔軟さもにじませる。

ただ、「方向転換」には前提がある。原発問題は、生活の快適性とリスクを比較して住民が判断すべきこととし、「原発が必要だと府民が決めて、大阪湾に造るなら、それなりのリスクを覚悟しないといけない」と、原発に「賛成」する府民にリスクを負う「覚悟」を突きつけている。

大阪府の広報担当者によると、「大阪湾に立地する、とは例え話でしかない」そうで、具体的な原発構想はない。知事お得意のアドバルーンだったようだが、「橋下知事は、脱原発の姿勢を崩してはいませんよ」とも強調する。

ところで、今回の橋下知事の発言は、どうも関西電力への「怒り」が背景にあるようだ。関電は6月13日、この夏の15%節電を大阪府や地元企業などに要請した。定期検査中の原発4基の再稼働のめどが立たず、さらに舞鶴火力発電所(90万キロワット分)が5月末の大雨で停止したままで、「再開時期はわからない」(関電)状況だ。

八木誠・関電社長は、「(節電が)確実に実施されないと大規模停電も起こり得る」と、危機感をあらわにした。これに対して、橋下知事は関電に「15%の根拠」を示すよう強く求めている。そもそも橋下知事は関西エリアでも節電の必要性はあると認め、「5~10%」の節電方針を打ち出し、府民にお願いしていた。関電にもどう対応するのかを問い合わせし、八木社長への面会を求めてもいた。

それを関電は放置。橋下知事は「かなり怒っていた」ようで、周囲に「こちらからの問いには一切答えず、また根拠も示さずに突然15%節電しろとは、そう(電力を「人質」に恫喝している)としか思えない」と漏らしたという。

「関電はとにかく何が何でも原子力発電をやりたくてしかたないという態度ですから、一切僕には協力したくないようです」とも明かしていた。
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by djsinx | 2011-06-18 11:36 | 震災関連

東日本大震災のボランティアが阪神の時の3分の1の38万人という事実

ちょっと自分としてはショッキングな統計だった。あれだけの規模の大災害で、3ヶ月たった時点でのボランティアの数が阪神大震災の3分の1だったということだ。

確かに記事にあるような事情は理解はできないこともない。


「被災地域が大都市圏から遠く、面積も広いうえ、新幹線や高速道路などの交通網寸断やガソリン不足などから当初は容易に近づけず、福島県では原発事故も重なった」

これに加えて、金銭的な問題も小さくはないと思われる。必要装備代、高速代、ガソリン代、それに現地での宿泊費、食費、その他諸々を自分の力で全て自己完結させようとすると決して少なくない額になる。関東や東北の人であれば、自らも震災や計画停電の影響で仕事がままならない状況になった人も多かったと考えられる。それは被害が局所的で、京阪の大都市圏からアクセスがしやすかった阪神大震災とは大きな違いだ。津波、原発事故がなかったことも大きいが、そうしたアクセス、滞在費用の負担額の大きさがボランティア参加の非常に大きな壁になっていることは間違いない。

また、金銭的に余裕があったとしても、震災対応のために仕事にくぎ付けになって、時間が取れない人もいただろうと想像する。有給を取って来ている人にも大勢出会ったけれど、全ての人にそれができる訳ではない。家族があり、社会的な責任ある立場の人はなかなかこの状況では身軽には動けなかっただろう。

そして、何より情報が不足し、存在していても断片化されている。どこに行ったらいいのか、どのようなことができるのか、どこで必要とされているのか。そうした情報は自分でインターネットなどで丁寧に調べていかないとたどり着けない。技術がない人間は邪魔なだけだなどという偏った言説も流れている中で、実際に情報を精査し、行き先や必要な準備を整え、現地までたどり着くのは決してハードルの低いことだとは感じなかった。私も実際に現地と電話連絡し、当日の朝到着するまでは不安もあったし、把握できていないことも幾つもあった。

現在は南相馬市であれば、テント泊のできる場所があったり格安で泊まれるテント村が有志によって開設されていたりと、滞在してボランティアを続ける環境も整ってきている。情報もBlog上で積極的に開示され、アクセスしやすくなってはいる。支援者を支援し、その間口を広げていくということも、結果的に効果的な支援、復興活動に繋がっていくだろうと考える。全て自己負担、自己責任だけでは賄い切れる災害の規模ではない、ということだ。これからさらに復興の人出が必要になるのであれば、その重要性は高まる。支援者が息切れすれば、支援活動はどんどん尻すぼみになってゆく。無償の善意だけに期待を乗せるのであればそれはお門違いになるだろう。


「自分で何とかしようという東北人気質とともに、『県外者を入れたら物が盗まれる』という警戒感もあった」

前者に関しては強いコミュニティ意識が良い方にも、悪い方にも出る可能性があるということなのかもしれない。南相馬で実際に活動した限りにおいてはそこまでの閉鎖性は感じなかった。4月後半という、一定の時間が経った後のことだったからかもしれない。そして、後者に関しては残念ながらその懸念は実際のものになっている。避難先から戻ってきたら物がなくなっていたという話はちょくちょく聞くし、先日大学生と友人が警戒区域での窃盗で逮捕されたニュースもあった。残念な話だけれど、「日本人は礼儀正しく、整然としている。」という神話じみた美談に乗っかって対策が疎かになってはいけないとは思う。ただ、振り返ってこれまでの間に実際それができのたかと言えば、非常に難しかったとしか言えないと思う。


「GW以降、ボランティア供給源となる大学の授業が本格化したことなどが影響しているとみられる。」

これに関しては間違いない。社会人でもGWに有給を合わせてボランティアに来ている人を何人も見たが、それ以降に休みを取って継続的に来るのは簡単な話ではない。ボランティアがあくまで善意で無償で行うものである以上、本来の学業なり仕事なりを過度に犠牲にして行われるべきものだとは思わない。むしろ、行政側がサポートしていく部分であると考える。被災した地方自治体が対応しきれない状況であるのは理解できるが、そういう時こそ国政が出ていくべき場面で、復興事業に予算を充て、被災者雇用と絡めて現地の「仕事」を作り出すべきではなかったかと今も考えているし、極力早いその実施を望んでいる。そうした復興の基盤があればこそ、ボランティアがそこに補助に入って効果的な支援ができるはずではないか。


繰り返す日常の中で、まだ現在進行形のこの大震災すら過去へと追いやられようとしている。関東を離れ、西に行けばその傾向は強まっていく。関西に住んでいるとその温度差は歴然としていて空恐ろしくさえなる。被災地へのバスツアー、観光ツアー、大いに結構だと思う。行かないよりは百倍いい。一度被災地を自分の目で見ること、可能であればそこで汗を流すこと、現地の人々と話すこと。それを通してこの震災の直接の姿を知ることができるからだ。経済的な効果はもちろん大きいけれど、それだけに留まらない意味があると感じている。

一人でも多くの人がこの震災を他人事ではなく、自らの世界に起こった出来事として受け止め、関わっていってほしいと願う。一番大きな理由は、この震災の被害があまりにも甚大で、復興に協力してくれる人が一人でも増えないと、どうにもならないのではないかと思えてしまうからかもしれない。片付いた瓦礫と、その先の田畑に広がる一面の津波の泥、傷ついた無数の写真や思い出の品々。毎日知らされる様々なニュース、それらはこの震災が決して収束などしておらず、日本人の全てがこれからずっと関わっていかなければならない大きな出来事であるということを繰り返し、繰り返し思い起こさせる。

今、関西と被災地を結ぶ活動をしようと動き始めている。まだまだ、力が必要なのだ。全力であたってどれだけかかるか、そういう類の話なのだ。まずはもっともっと、人の力がいる。この震災のことを自分のこととして気に留め、手を差し伸べてくれる人の力だ。

--以下引用--

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県で活動するボランティアが、発生当日から3カ月間の延べ人数で、阪神大震災(95年)の3分の1にあたる40万人程度にとどまっていることが、内閣府のまとめで分かった。人数はゴールデンウイーク(GW)以降急減。被災地で復興の本格化とともにボランティアの需要が高まっており、関係者は東京など主要都市と被災地を結ぶ送迎バスを導入するなど、受け入れに奔走している。

 内閣府の震災ボランティア連携室のまとめでは、3県の災害ボランティアセンター(VC)に登録して活動したボランティアの総数は、震災当日から6月5日までの約3カ月間で延べ38万7900人。このほか連合や生協、NPOなどがVCを経由せず数万人規模のボランティアを送り込んでいるとみられるが、合わせても3カ月間で117万人(兵庫県の推計)という阪神大震災に遠く及ばない。

 この差について、同室は「被災地域が大都市圏から遠く、面積も広いうえ、新幹線や高速道路などの交通網寸断やガソリン不足などから当初は容易に近づけず、福島県では原発事故も重なった」と分析。さらに、被災自治体の多くが当初、県外ボランティアを受け入れなかったことも影響していると見ている。

 3県のVCは各地域の社会福祉協議会(社協)が設立。震災からしばらくは大部分が、ボランティア登録を地元住民に制限していた。社協や自治体の職員自身も被災し、大勢を受け入れても指示を出すのが困難だったことに加え、岩手県社協の根田秋雄・地域福祉企画部長は「自分で何とかしようという東北人気質とともに、『県外者を入れたら物が盗まれる』という警戒感もあった」と説明する。

 3県の内訳は、岩手9万9900人▽宮城21万7200人▽福島7万800人。宮城は岩手の倍以上だ。仙台市が被災地とも近接しているのに対し、岩手の被災地は盛岡市から車で2時間以上かかるなど遠いことが影響しているようだ。岩手の被災地には復興から取り残されかねないとの危機感も漂う。福島は原発事故のため立ち入れない区域が広いことが影響している。

 1週間ごとの人数の推移を見ると、震災直後から増え、ピークのGWの週は5万4100人だった。ところが、直近の6月5日までの1週間は2万4100人で、ピーク時の45%にまで落ち込んでいる。GW以降、ボランティア供給源となる大学の授業が本格化したことなどが影響しているとみられる。

 がれきや泥の撤去など復興の本格化で県外ボランティアを積極的に受け入れるようになった被災地は、需給のギャップを埋めようと知恵を絞っている。

 岩手のVCは盛岡市から大槌町へボランティアを無料で運ぶバスを4月に導入。今は陸前高田市や山田町にも出ている。GW以降は東京と被災地を直接結ぶ有料バスが運行し、連日満席という。宮城や福島でも同様のバスが運行されている。

 ボランティア活動と観光地巡りを合体させたツアーも登場している。日本旅行が今月中旬予定する宮城県ツアーは、2泊3日の日中に石巻市で漁港や住宅の泥かきをし、鳴子温泉に1泊。復興支援と観光振興の一石二鳥を狙う。
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by djsinx | 2011-06-10 18:19 | 震災関連

『100,000年後の安全』レビュー。これはいわゆる脱原発映画ではない。

福島第一原発問題に絡み、話題になっているドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』を鑑賞してきた。フィンランドに建設される高レベル放射性廃棄物の最終処理場の話だ。始めてこの施設の中にカメラが入り、撮影したという。

最初はこの映画はいわゆる「反原発」もしくは「脱原発」の文脈で作られた作品だろうという頭で見始めた。題名やどこかで見た作品紹介のせいだろう。でも、実際に鑑賞してみて、この作品はそうした文脈とは一線を画していることに気が付いた。まず、この映画の原題は『INTO ETERNITY』である。安全がどうという話としては提示されていない。「永遠」という言葉が最初に現れるのだ。

フィンランドの安定した地層に掘られた巨大な地下施設。フィンランド語で「隠し場所」の意味を持つオンカロと呼ばれる最終処理場は現在建設が進められ、フィンランド国内の核廃棄物を最終的に保管する場所となる。2100年に満杯となり、コンクリートで固く封じられ、二度と開けられることがなくなるということだ。

そこに保管される核廃棄物が最終的に安全な状態になるには少なくとも100,000年が必要となる。それまでの間、いかに安全にそれを保管しておけるか、ということについて様々な討議が重ねられ、オンカロが建設された経緯を多くの関係者達が証言する。宇宙に打ち上げる計画、海に沈める計画、どれも環境への汚染が発生する可能性があったため、最終的に地下深くに永遠に葬り去ることに決めたのだ。

そこで一番問題になったのは、自然ではなかった。未来の人間なのだ。私達人類は100年後の未来さえまともに見通すことはできない。1900年に描かれた21世紀の予想図を見てみればいい。誰一人インターネットの存在なんて想像してもいなかっただろう。それに、文明というものは興れば滅びるものなのだ。古代ローマ帝国やモンゴル帝国ですらそうだったように。ヨーロッパの歴史を見てきたフィンランド人たちはそのことを深く理解している。

よって、未来の人間達は現代の我々の知恵、技術を受け継いでいない可能性が十分に考えられる。戦争が起こり、経済的な破綻が起こり、国家の地図が塗り変わり、世界の情勢が激変し、多くの情報が失われることはあり得ることなのだ。100,000年という、ピラミッドができてから現在までの歴史の、20倍もの時間の中では。この映画はそういった時間軸に沿って語られていく。だからこそ彼らは、人の手に委ねない、永遠の墓所を作ったのだ。


どうやって未来の彼らにそのことを伝えてゆけばいいのか、そもそも伝えるべきなのか?結論は堂々巡りを繰り返す。現代の複数の主要言語で注意書きをしたモノリスを作る。まるでロゼッタストーンのように。それかいくつかの図柄とイメージを組み合わせて非言語的に示す。まるで未解明の古代遺跡のように。それか、全く忘れ去る。「忘れなければならないということを決して忘れてはならない。」という言い伝えと共に。

そして、私達は気付くことになる。視点を100,000年後に置いたとき、ムーやアトランティスの伝説のような『滅びゆく超古代文明』の立場に我々現代人が立っていることを。我々が残す高レベル放射性廃棄物は、いわば超古代文明が残した遺産とも呼べる存在なのだ。人間のタイムスケールから見たら永遠にも近い歳月を経て、未来の人類の住む世界に確実に存在し続ける。

永遠に封印された暗い地下墓所。そこに眠る恐ろしい力を持ったなにものか。言い伝えを聞いた未来の人類達は何を想像するだろうか。魔剣?龍?魔王?それとも途方もない財宝を守るための作り話?今の人間達がピラミッドを始め数々の遺跡を掘り返しているように、人類が人類である以上は好奇心に駆られてその封印を破るかもしれない。そして高レベル放射性廃棄物を見つけ出すかもしれない。核兵器は作れなくても、それは強力な毒なのだ。

つまりは、我々が見ているのは神話の世界なのだ。それも、これから起こる未来の神話だ。そして、オンカロの管理者、そしてフィンランド政府は神話の素を作ろうとしている。あくまで結果としてだが。我々はもう、その次元まで踏み込んでいるのだ。原子力が人間の力を超え、神の領域に入り込んでいると主張する時、それはまさにこのことを指している。

さらに、現在の高レベル放射性廃棄物の全てをここで処理できるわけではない。30万トンに近い廃棄物が既に地球上に存在する。それを処理するには各国にいくつもの最終処分場が必要になる。それはオンカロのような封印された墓所が未来に渡り、地球のあちこちに散在することを意味する。放射性廃棄物を無害化することはできないし、放っておいてなくなることは決してない。我々人類がどうにか処理しなければならないのだ。

そういった意味で、原発に対して推進派であるか反対派であるかはこの映画では大きな違いではない。どれだけ反対しようと、現代の人類が生み出した放射性廃棄物は既にそこにあり、それは我々全てが未来に対して負っている責任だからだ。推進か反対かはこれ以上増やすか増やさないかの違いでしかない。そういった意味で、この映画は全人類が見るべき作品と言える。誰も逃げ出すことはできないのだ。

このオンカロこそは世界遺産の筆頭に加えられるべき施設と言っていいのかもしれない。人類史上最も長く存在し続ける、現代に生きる我々が未来に残すことになる、真の意味での遺産なのだから。それが負の遺産なのか、どうなのかは未来の人類が決めることになる。でもそれはまた別の物語。我々が語ることはきっと永遠にないだろう。


“原子力は人間に扱えるのか”『100,000年後の安全』配給のUPLINK 浅井隆さんインタビュー(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース
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by djsinx | 2011-05-31 11:59 | 震災関連

ジャガンナート君をして「インドの祇園祭」はねーよw

この記事、笑ってしまうほどものすごい強引な力技である。

「もちろん場所もインドであるし、太陽はギラギラと照りつける。山車を曵くのもインド人のおじさんたち。雰囲気は当然だが京都! ではなく完全にインド……。だが、想像してみよう。仮に場所が日本で山車を曵くのも日本人だとしたら……。山車の形は少々違うが、まさに日本の祇園祭ではないか!」

この下り、「完全にインド」と言い切ってるのにまだ祇園祭を引っ張り出してくるとはwwちなみにジャガンナート君はプーリーのジャガンナート寺院ではこの記事にあるように「異教徒立ち入り禁止」なのでこの時しか見ることはできないが、同じオリッサ州のコーラプートにあるジャガンナート寺院に行けばいつでも好きなだけジャガンナート君を拝むことができる。入場料は無料。入り口で少々バクシーシ(寺院への正式なドネーションね)を渡せばいい。それで何百体というジャガンナート像があるので思う存分見放題である。ジャガンナート君のファンには嬉しい限りだ。
http://sinx.exblog.jp/14070140/

そして正直言って7月のインドはヒマラヤを除いて暑い。雨季に入っていれば5月辺りよりはマシだけれど、ここのところまともな雨季が来ない場合も多いので、熱中症で死ねるレベルであることは十分すぎるほどあり得る。2010年5月のデリーで48℃という話もデリーっ子から直接聞いたので参考にするといいと思う。まあ、マジキチである。デリーっ子ですら「暑すぎてぶっ倒れそうになるぜ」、と嘆くレベルだ。

正直この時期には例の日本人宿でうだうだしているのも長老クラスのリアル廃人くらいだろう。だったらさっさとヒマーチャルの某所にしけこむか、ラダックに上ってラマユルやへミスのフェスティバルを見に行ったほうが楽しいと思われる。
http://sinx.exblog.jp/12048227/

--以下引用--

今夏はインドで祇園祭に参加しよう(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

インドには祇園祭っぽい祭りがあるらしい。こんな噂を耳にしたエキサイト編集部。本当にあるのだろうか思いつつも、疑問を解決するため早速取材を敢行。その真相を探ってみた。

たどり着いたのはインドの東海岸にあるオリッサ州。ヒンドゥー教の四大聖地の一つに数えられるプリーという街。ここで年に一度、ラタ・ヤトラという大きな祭りが催される。内容はというと、市内ジャガンナート寺院の本尊であるジャガンナートが、兄のバラバドラと妹のスバドラーとともにそれぞれ巨大な山車に乗せられて、おばのグンディチャーがいる寺院まで出かけるというものだ。

そもそも「ジャガンナート」というのは、この地方で最も崇拝されている土着神のこと。それが後世にヒンドゥー教に組み込まれて、ヴィシュヌ神の化身としてみなされるようになった。元は土着の神だけに、その容姿も変わっている。黒く丸い体に手足はなく、大きくクリッとした愛嬌たっぷりの目。一度見たら忘れられない顔立ちだ。彼らが鎮座するジャガンナート寺院は、本来ヒンドゥー教以外の異教徒は立ち入りが許されていない。そのため観光客が本尊を拝むことは不可能。しかし一年に一度の、この祭りの期間だけは本尊が境内の外に出るため、彼らを拝顔できるのだ。

現地入りした祭りの初日。ものすごい数のインド人が大通りに集まっていた。まさに黒山の人だかり。祭りがはじまると、各々がジャガンナートの名前を唱えながら、三体の山車を一斉に順に引っ張っていく。もちろん場所もインドであるし、太陽はギラギラと照りつける。山車を曵くのもインド人のおじさんたち。雰囲気は当然だが京都! ではなく完全にインド……。だが、想像してみよう。仮に場所が日本で山車を曵くのも日本人だとしたら……。山車の形は少々違うが、まさに日本の祇園祭ではないか!
ちなみに祭りの見所は、おばのグンディチャー寺院まで曵かれる初日とジャガンナート寺院に帰る最終日。それ以外の日は、グンディチャー寺院内に神様三兄妹はいるので山車は動かない。このラタ・ヤトラ、インドではとても有名な祭りで、日本の祭りのように沿道に屋台も多く出ている。またインドの大手企業もブースを構えており、インド日清食品もカップヌードルを販売していた(インドらしくカレー味でも色々な種類があった!)。

2011年のラタ・ヤトラは7月3日から11日まで開催される。祇園祭の山鉾巡行は7月17日なので、インドで山車を曵いた後、京都でその雄姿を見比べることも日程的には可能。まずは今夏、京都の夏よりもっと暑いインドで、祇園祭的体験をしてみてはいかが!?
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by djsinx | 2011-05-28 15:39 | News

米国人の4割、原発事故より第3次世界大戦を懸念

今回のオサマ・ビンラディンの殺害作戦と、その成功のニュースによって恐らくこの「第3次世界大戦」への恐怖感はさらに倍増されたのではないだろうか。もちろん、一言で第3次世界大戦と言ってもそれが誰と誰の間で、どういった理由や目的によって行われるのかなんてもちろん分からない。覇権を争うアメリカとEU、中国やロシアの間なのか、中東のイスラム勢力との間で行われるのか、もっと別の要素が関わってくるのか。

そう考えると「第3次世界大戦」というのはある意味恐怖の大王に近い抽象的な概念なのかもしれないキューバ危機の時は確かに、強大なソビエト連邦とキューバに運ばれる核ミサイルという形で全世界にソリッドに示されたけれど、今はそれもない。


ただ、もし仮に第3次世界大戦が起きるのであればそれはもう原発問題とは切り離して考えられるものではないだろう。次にテロリストだろうが誰だろうが他国を攻撃するなら原発は非常に有効な攻撃対象になる。原子炉自体は飛行機が突っ込んでも壊れないかもしれないけれど、電源なり冷却装置なりを壊せばそれだけで勝手に原発は事故を起こす。一度Fukushimaのような状況になればその国はそれに対して莫大な経済的損失を蒙る。

人が住めなくなり、交通が遮断され、生活圏が崩壊する。産業は打撃を受け、恐怖が蔓延する。

今回は地震と津波という天災が原因で原発事故が引き起こされた。でも、原発に対する人為的な攻撃が行われたら?東電の安全基準の甘さが指摘されているが、明確な破壊行動に対してどこまで対処できるのか?これはまだ実際に起こっていないという意味ではフィクションの話でしかない。でも、この世界には戦争があり、テロがあり、原発があるのだ。

この調査に答えたアメリカ人たちのように、原発事故と第3次世界大戦が別々のものとして互いに独立に発生する等とのんきに考えているわけにもいかない。911の時に飛行機ごとワールドトレードセンターに突っ込むことをどれだけの人が予測しえただろうか?311以降、原発が攻撃対象とならないなんて誰が言い切れるだろうか?

私たちはこれからそういう時代に生きることになる。




--以下引用--

米国人の4割、原発事故より第3次世界大戦を懸念=調査(ロイター) - エキサイトニュース

 [ニューヨーク 3日 ロイター] 東日本大震災による福島第一原発事故を背景に、原発事故に対する懸念が世界的に高まるなか、米国人の4割近くが原発事故よりも第3次世界大戦のぼっ発を心配していることが、新たに発表された調査結果で明らかになった。

 調査は米CBSのテレビ番組「60ミニッツ」とバニティ・フェア誌が、1万0021人を対象に電話で実施。

 それによると、第3次世界大戦のぼっ発を心配していると答えた人の割合は約40%、一方、原発事故を懸念していると答えた人は28%だった。
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by djsinx | 2011-05-06 09:04 | News

【ジャスミン革命を目の当たりにしながらの感想】風景が変わり、ルールが変わった

2001年の911事件から10年経った今年、世界に起こり始めている物事を私たちはつぶさに見ることとなった。それは我々が旅の途上であり、マグレブの一国、モロッコでチュニジアの政変を目の当たりにしたことから始まった。次に目指す国がエジプトであったことから1月25日の怒りの日のデモ以降、中東での革命の推移は私たちの関心の中心となった。

そしてビザと安全等、諸条件の重なりから私たちはエジプトから始まるアフリカ縦断の計画を破棄し、南米アルゼンチンへのフライトを選ぶことになった。奇しくもフライトの日は2月10日、ムバラクの辞任拒否の演説でエジプトが最も熱く燃えていた夜だった。そしてトランジットのドーハ空港へ向かう途中に着陸したのが今戦火の中にあるトリポリ空港だった。ドーハでの人々のテレビに向ける複雑な視線も忘れることはできない。ただ民主化を喜ぶだけの空気では決してなかった。様々な人々が様々な立場と利害をもって見つめている。それは革命に遥かに近い場所だった。

そしてブエノスアイレスに到着した後、バーレーン、オマーン、リビア、アルジェリア、ヨルダン、イラン、様々な国のデモのニュースが乱れ飛んできた。そこにはモロッコの話も小さいながらも含まれていた。西サハラに関連する問題だった。ジャスミン革命とは同列に語れるものではないであろう問題だけれど、なんらかの鳴動が始まっているように感じた。中国と北朝鮮でもデモの動きが報じられている。


1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、2001年に911が起きてテロリズム対自由主義社会という構図が持ち込まれ、そして今年、2011年にジャスミン革命という名前で世界のあり方がもう一度変わったと私は感じている。一番大きな変化は、既に数多くの論者が指摘しているように方法の変化だ。前者の二つは私も記憶しているが、テレビによってその状況が世界に知らされた。だが、今回はアルジャジーラ、アルアラビーヤ、BBC、CNN等のテレビ局が果敢に潜入している一方で、Twitter、Facebook、Youtubeを駆使した個人からの情報の発信が大きな役割を果たしている。それは現地の人と人を結びつけ、主体的にさせると同時に世界に対する生の声によるアピールへと繋がっている。

日本ではその声は余り伝わってはいない。ニュースとしてはタイムラグを作りながら、エリカ様や大相撲八百長や小向美奈子といった重要案件の陰とはいえぎりぎり放映されてはいるようだけれど、空気が伝わっているようには感じない。いったいどれだけの日本人がこの問題を遠い海の向こうの知らない国の話ではなく、自分の生きるこの世界の問題として認識しているだろうか?急激に変化しつつあるこの世界の現在の問題として危機感を持っているだろうか?

正直な話、この問題をアメリカやイスラエルの陰謀論として捉えている人間は既に時代から脱落している。もちろんアメリカもイスラエルも、ヨーロッパ諸国もアラブ諸国もこの問題のプレイヤーの一人として機敏に立ち回っている。チャンスがあれば自国の国益を前提に振舞ってもいる。しかしそれは事態の原因ではなく、経過に伴うリアクションである。

それすらも陰謀だと大騒ぎするのであれば、平和ボケした日本のぬるま湯に浸かり過ぎて呆けているとしか言えない。世界というのは遥か昔からそうした丁々発止のやりとりが行われ続けてきた場所なのだ。高校の世界史の教科書でももう一度引っ張り出してきて読み直すといい。この程度のことはいくらでも、どこででも起こっているのだ。

思うに日本のガラパゴス化の最たるものは日本人の脳みそそのものだ。思考と発想、と言い換えてもいい。外国語の一つもろくに話さず、外国人や外国の文化とも交じり合おうとしない。英会話をお嬢様の教養に押し込め、海外旅行を物見遊山のパッケージにし、自国の中だけでかりそめの安穏を満喫していた。時代がそれを許し、経済がそれを可能たらしめていた時期はそれでもよかった。でもそんなおとぎ話はとっくに終わりを迎えている。

ただお茶の間で流れているテレビを見せられている場合ではない。自分の意思で情報を探し、集めなければ時代を知覚することができない時代まで世界は進んでいる。村上春樹の言葉を使うならば、「風景が変わり、ルールが変わった」のだ。ケネディ暗殺の時から最新情報を伝え続けていた世界のテレビ網は既に相対化された。そして無数の個人たちが発信者となって世界に情報を駆け巡らせる。

中国のジャスミン革命のニュースではほんの数人の行動が世界のニュースにまでなっている。その効果は非常に大きい。中国政府が躍起になって制限しているのは彼らもまた世界の土俵に立ち、その趨勢を厳しく見極めているからに他ならない。発想をシフトし、自らの頭で考え、リテラシーを強化して世界に起こる物事をどこか遠い別の世界ではなく、自らに影響を及ぼす一事として捉えなければならない。グローバリゼーションの波によって否応なくその世界に私たちも投げ込まれてしまっていることを認識しなければならない。

古きよき時代を懐かしむことを否定はしない。ただしそれは単に懐かしまれるべきものであって、履き違えられるべき種類の物事ではない。旅に出てから、いや、旅に出る前から日本の閉鎖的で自己完結的な空気には危惧を感じていたけれど、今年この世界に起こる出来事とそれに対する日本のリアクション(もしくはその欠如)を見てその危惧はいっそう深まった。

ウィキリークスの暴露文書の中で、駐シンガポール米大使が日本を「太った敗者」と呼んだというニュースを読んだけれど、私はそれで坂口安吾の「白痴」の一節を思い出した。尻の肉をそぎ落とされながらそれとも気付かず、ただ今のまま生き続けるだけの存在に成り下がるのだろうかと恐れを抱く。

それが、現実になる予感が余りにふつふつと沸く状況に恐れを抱く。
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by djsinx | 2011-02-28 08:03 | News

トリポリ空港、ほんの二週間前に通った場所なのに

まるでもうまったく別の世界のようだ。しかも、悪夢のような別世界だ。エジプト革命を避けてカサブランカからブエノスアイレスに飛ぶカタールエアはドーハで10時間のトランジットがあったけれど、そのドーハに飛ぶ時にトリポリ空港に降りて乗客の出入りがあった。何人かの乗客が降り、その後にきらびやかな民族衣装を着た一団がその機に乗り込んできたのをはっきりと覚えている。リビアのどこかの部族の、恐らくはダンサーかミュージシャンなのではないかと思った。凛として寡黙で、それでも目が合うとにっこりと笑った。彼らはドーハの空港に到着すると混み合ったトランジットエリアに悠々と消えていった。

今そのトリポリの空港では多くの人々が銃声に怯えながら混乱と混雑の中で飛行機を待っている。現時点で640人の死者。事態が収拾した後にははるかに大きな数字が出されるだろうと感じている。願わくばその収拾が少しでもよい形で行われればと願う。ではどんな形がよいのだろうか。カダフィが死ぬか逃げ出せば終わりなのか。それは始まりでしかない。原理主義者が東部で勢力を握っているという噂も出ている。原油産出国として大国の利害にも深く関わっている。チュニジアやエジプトの時よりもさらに未来に向けての状況が見えない。

少しでも多くを学び、この問題から目を逸らさずに見据え続けることだ。ただセンセーショナルなものに反応しているだけではいけない。それが情報を与えられ、その中で生きるということだ。それを放棄した時に人間は家畜に成り下がる。奴隷ですらない、反乱すらできない家畜に、だ。

--以下引用--

リビア死者、640人と人権団体 2千人死亡説も(共同通信) - エキサイトニュース

 【パリ共同】各国人権団体の連合体、国際人権連盟(FIDH、本部パリ)は23日の声明で、リビアでの反政府デモ開始以来、治安部隊の弾圧などによる死者は少なくとも640人に達したと発表した。また、フランス週刊誌ルポワン(電子版)は同日、リビアから戻ったフランス人医師の話として、北東部の主要都市ベンガジだけで死者は2千人を超えるとの推計を報じた。
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by djsinx | 2011-02-24 10:46 | News

革命の年へ

様々なものごとが雪崩を打つように変化し始めている。チュニジア、そしてエジプトのジャスミン革命を経て、中東中に巨大な波紋が広がっている。まさかリビアでこれほど早く大きな動きが起こるとは思っても見なかった。元々反米であり、原理主義者が多数エジプトからも流れ込んでいるこの国でこれからどのように事態が推移するのか、恐ろしくもあるけれど見届けなければならない。そして可能な限り何らかの形で声を届け続けなければならない。

外からの声が届くことで、そしてその声が途絶えることで一体どんなことが起こりうるのかということを人々は徐々に理解し始めている。それが911から始まった10年に続くこの新しいDecadeに起こることの意味と様相だと私は感じる。最も大切なのは、個々の人々がそれに参入できるということだ。小さな力であったものが組織され、自律的に働き始める萌芽がそこにはある。数々の困難と誤謬がこれからの我々を待っているだろう。エジプトでのストやデモに対する軍の対応に早くもそれを見ることができるかもしれない。ただし、そこで諦める理由はない。むしろ積極的に考え、意見を交換し合い、活路を見出す方向へと進んでいくべきだと感じている。

事態の動きが驚くほどに速い。ほんの数日情報から離れていただけで状況は大きく変化している。バーレーン、ヨルダン、イラン、イエメン、アルジェリア、どこに何が起こっているのか、混乱の中でも戸惑わない強さとしなやかさが求められる。だがこれに中国までもが加わったら?世界の様相は私達の想像力の先を行くことになるのかもしれない。

でも、それすらも全て我々の為して来たことの結果なのだ。仏教徒であれば因果応報という言葉を使うであろう。諸行無常、諸法無我。その世界に生きる私達は流れに乗り、泳ぎきらなければならない。

--以下引用--

リビア、戦闘機でデモ隊攻撃 カダフィ氏、脱出情報も(共同通信) - エキサイトニュース

 【カイロ共同】中東の衛星テレビ、アルジャジーラによると、リビアの首都トリポリで21日、デモ隊に対して戦闘機による攻撃が行われた。治安部隊は実弾も発砲したという。一方、ロイター通信によると、ヘイグ英外相は21日、リビアの最高指導者カダフィ大佐がベネズエラに向かっているとの情報があると述べたが、ベネズエラ政府高官は否定、情報は錯綜している。アラブ紙アッシャルク・アルアウサトは21日、カダフィ大佐の側近である革命指導評議会メンバーらが大佐に辞任を求めることを決めたと報じた。アルジャジーラによると、リビアの反体制デモが拡大したトリポリでは20日深夜から21日朝にかけ、治安部隊とデモ隊の衝突で61人が新たに死亡した。ロイター通信によると、激しい銃声が各地で聞こえ、国営テレビ局が略奪され、全人民会議(国会)や警察署が放火されるなどトリポリは少なくとも一部で騒乱状態となったもようだ。中東の衛星テレビ、アルアラビーヤによると、アブドルジャリル司法書記(法相)が21日、デモ隊への「過剰な暴力の行使」を理由に辞任、体制中枢のほころびが表面化した。
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by djsinx | 2011-02-22 06:30 | 旅の記録

エジプト革命に関するmixiとtwitterの温度差

1月25日の「怒りの日」からずっとtwitterでエジプト革命を追い続けてきた。このデモが起きるまではエジプトはモロッコの次に訪れるはずの国で、デモが起きてからは事態がどのように進展するのかが私たちの旅の経路に直接関わるようになった。早期に解決するのか、内戦のような状況になるのか、事態は全く予断を許さなかった。私たちのモロッコビザの残り期間は刻一刻と減り続け、次の渡航先へのエアチケットの購入の必要もあったため、ムバラク派の市民を装った警官や暴漢たちがタフリール広場を襲撃し、多くの死者と怪我人が出た日、私たちは今回の旅行でのエジプト訪問を諦めざるを得なかった。それが、我々が今ブエノスアイレスにいる一番大きな理由だ。

しかし、南米行きが決まったからといって、私たちはエジプトの革命の成り行きから目を離すことはできなかった。モロッコのエッサウィラで、カサブランカで、多くのモロッコ人たちがアル・アラビーヤの放送に釘付けになって事態の進展を見守っていた。

「モロッコではこういうカタストロフは起きないよ。食料も仕事もずっとしっかりしているから」

エッサウィラのグナワのかかるCD屋の若い店員は言った。モロッコではタイに負けないほど国王の写真があちこちの家や店に掲げられている。特に強制的にそうさせられている、という雰囲気でもなく、国民の表情も基本的に明るい。トルコの若者たちに感じたようなほとばしる活力を感じることも多かった。でも、やはり他人事ではないのだ。同じイスラムの仲間だからだろうか。エジプトのより良い事態の進展を願っていた。


一方日本では、エジプトのニュースはほとんど流れず、エリカ様がマレーシアに行ったという話がトップニュースになっていたらしい。エジプト関連ニュースの日本語タグではそのことを嘆く発言が相次いだ。twitterではエジプトの国内外から様々な方法で状況を示す情報や映像が流れ出してきていた。アル・ジャジーラ、アル・アラビーヤ、BBC、エジプト政府の規制や妨害をかいくぐりながら彼らは映像を送り出した。エジプト人の友人や家族からのメッセージを海外の関係者が受け取ってはtwitterに流し、それが繰り返しリツイートされた。インタビューやメッセージがFacebookで共有され、シェアされた。情報は最早現場から逐一生のままで流れ出し、伝えられた。

百万人のデモが行われた日も多くの日本のメディアは大相撲の八百長の話題で大盛り上がりだったようだ。日本のマスコミはもう本当に終わっている。日本のメディアの情報だけを見ているのでは世界に起こっていることを本当に知ることはできない。twitter上では目の前の本当にフレッシュな情報を目の当たりにした人々はその確信を深めていった。

ゴニム氏が釈放され、演説を行ってムバラクに対するデモが再び大きな広がりを見せたその時、日本ではまだ大相撲の話題と小向美奈子の逃亡の話題がその主軸だった。拘束中の非人道的な扱い、そして殺害された300人のエジプト人たちへの言葉が彼の口から語られた時、mixiニュースの反応は冷たく淡々としていて、それに対する日記での主な反応は「収まりかかっていた騒乱に油を注いだ愚か者」「自分が目立ちたいだけの英雄気取り」といった批判的なものだった。はっきり言って私にはこのことが信じられなかった。国家の安定のためにはどんな非人道的な措置や、理不尽な殺人さえ正当化されるというのか?大局のためにはそんなものは我慢して耐え忍べというのか?私には全く理解できなかった。

日本のメディアはその時点でも民衆を「反政府デモ」と呼び、ムバラクを「大統領」と呼び続けた。そして民衆の行動を何度も「騒乱」という名前で呼んだ。アメリカ人のエジプトへの関心も確かに高いものではなかったかもしれないが、少なくともCNNやワシントンポスト、ウォールストリートジャーナルもそんな扱いはしていなかった。ブエノスアイレスへの機内で読んだヘラルドトリビューンは大きく事態を取り上げ、様々な角度からのコラムを掲載していた。アメリカ政府の対応についてもしっかりとした視点で分析をしていた。

日本にはそんなことのできているメディアはなかった。アメリカ政府の顔色を伺う日本政府の顔色を伺って、可能な限り穏便に、ことなかれと言葉を選んでいた。そして、そんな報道しか見ていない日本人たちにはエジプトの空気は何も伝わらなかった。考古学博物館が荒らされたから民衆を許せない?そんなレベルの話なんて世界の誰一人していない。でも、日本はそうだった。そして、さらに悪いことにその程度の関心さえ持っていない人間が余りにも多過ぎた。

自分で調べることもろくにせず、ただ与えられた情報と日々の限定された関心の中でのんべんだらりと生活しているだけの人間たちだ。自分の頭を使って価値判断を求められるエジプトの革命になど見向きもせず、ただ「楽」だけをしようとしている。日々の仕事に疲れて、それ以上のものを求めない。エジプトは遠い国だから、という指摘も確かにある。でも、あの場所で起こっていたのはそういうレベルの物事でもない。21世紀が10年過ぎ、911が21世紀全体を彩る基調であるように諦めかかっていた時にこの世界に起こった新しい潮流なのだ。ただの便利なITツールであったtwitterやFacebook、Youtubeがその枠を大きく超えて人類の持つ確かな道具へと変貌したのだ。それはある意味、火やエンジン、電気にも匹敵する大きな変化かもしれない。

twitterの熱度はそれを肌で感じた人々の思いを反映しているようにも感じる。世界は変わるのではないか、変えられるのではないか、むしろ変わり始めているのではないか。1969年に多くの人々が感じたあの何かを私たちは今、感じているのかもしれない。あの時の革命は失敗に終わった。でも、それから40年経ち、ゴニム氏が革命2.0と読んだこのエジプトの革命は少なくともムバラクを放逐した。それも、アメリカを蚊帳の外に置き去りにし、イスラエルもイランもアルカイダも寄せ付けず。

私はそれを信じたいし、目の前で起こったことを自分の偽らざる気持ちで見て行きたいし、反応したい。だから私は私の思ったように生きる。今までもそうだったけれど、これからはもっとそうだ。それこそが未来へと繋がる道だ。
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by djsinx | 2011-02-14 08:46 | News