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ウィキ創設者釈放求め集会 スペイン各地で

スペインなかなか粋なことをやってくれますね。フランコの長い独裁を味わっている彼らは政府が国民に隠し事をして云々なんていうのは超Fuckなんでしょう。スペインにいた時もそういう機運は感じましたが、世界に先駆けて街頭に繰り出してくれました。

アサンジ氏がヨーロッパに逃げたのはいい選択だと思います。あのエリアの国民たちは自分たちの手で自由や権利をどうにか手にするということ、そしてそれが企業や国家によって悪用されることに対しては強い感覚を持っています。アメリカや他の地域じゃなかなかこうは行かないでしょう。

このままこういう動きが加速すればいいと思います。

--以下引用--

国際総合 - エキサイトニュース

 【パリ共同】スペインからの報道によると、内部告発サイト「ウィキリークス」創設者で、英ロンドン警視庁に逮捕されたジュリアン・アサンジ容疑者(39)の釈放を求める集会が11日、首都マドリードなどスペイン国内で行われた。逮捕に反発するウィキリークス支持者は、関係機関や企業にサイバー攻撃を行ってきたが、英BBC放送(電子版)によると、組織的な街頭行動は初めてとみられる。
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by djsinx | 2010-12-14 01:48 | News

「第四部ヨーロッパ編」終了 「第五部アフリカ大陸編」

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グラナダを朝早くに出ようとするが、少し出遅れ、9時のアルヘシラス直行のバスを逃してしまう。1時間後にマラガまでのバスがあるからそれに乗って乗り換えて、とチケットカウンターの女性は身振り手振りを交えたスペイン語で説明してくれた。言葉は怪しくても意味が通じてしまう。スペイン語はやはりそういうところがある。そしてそれはとてもこちらにとっては助けになる。今のところ何とかタンジェをパスしてシェフシャウエンに向かいたいのだが、どうなることやらだ。

マラガまでは3時間弱。朝から曇りがちだった天気はバスがグラナダを出ることには真っ黒な雲になり、雨が窓ガラスを激しく叩く。やれやれだ。沿岸部が晴れていることを祈りながら、もうどうしようもないので体を休める。バスは概ね快適だけれども、なんとなしに天候だけは気になる。地中海が見え出す頃にはどうにか雨は上がるけれど、空の半分くらいはまだ真っ暗な雲に覆われている。

それでもマラガに予定通り到着。アルヘシラス行きのチケットをどうにか手に入れる。30分待ち。今日中にどこまで行けるか怪しくなってきた。少しずつスペイン人よりモロッコ人風の顔の人が増えてくる。次のバスで1時間半程、雲はようやく晴れかけてきた。大きな港が見え始め、乗客が慌しく荷物をまとめたり話し始めたりしている。と、その時港の向こうに虹が架かっているのが見えた。「第四部・ヨーロッパ編」の最後、ジブラルタルを渡る時にまた虹に送られることになった。アフリカへの門出としてはこれ以上ない最高の贈り物だ。正しい道を進んでいる。何も気にすることはない。流れるままに行けばいい。

バスは港をぐるぐると回ってからバスターミナルへ。位置関係がよく分からないけれど、何とかモロッコ人に見える人たちの後を付いて行く。高確率でフェリーに向かうはずだ。

特に大きな案内もないのでちょっと迷いながら巨大な港に入っていく。チケット売り場が見えたのでそこに入るとかなりがらがらだ。次の船は一便結構になって17時だという。他に選択肢はない。タンジェに到着するのは2時間後、もう日は暮れている時間だ。まあ問題ない、なるようになるだろう。

レストランで軽く食事をし、最後のビールを飲む。モロッコでは余り飲む機会はなさそうだけれど、別にないところでは飲む気にならないから構わない。出発30分くらい前に出国手続きをして船に乗り込む。この辺りも非常にスムーズだ。

船に乗って大荷物を預ける。自分で収納場所に乗せてチェーンキーをかけるだけ。楽といえば楽。その後後部デッキに出て出航の様子を眺める。

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もう一度虹が港の向こうに姿を見せてくれる。間違いなくメッセージは受け取った。そのまま進む。流れのままに。ムスリムなら

「インシャラー。」

と言うのだろう。


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出航するとすぐに入国手続きが始まる。入選時に受け取ったカードに必要事項を書いて係員に渡すとにこやかにスタンプを押してくれる。3ヶ月が無料だ。何という太っ腹。船にかけてある絵はなんだかフラワーで、ボブの似顔絵だったりPeace & Loveというテーマでの写真だったりした。こんなに緩い船でいいんだろうかと思いながらも気持ちのよいソファーで一眠りする。到着するのは明日朝でもいいのだけれど、もちろんそんなうまい話はない。

2時間半ほどでモロッコ川の港に到着。初アフリカだ。船を下りるとシャトルバスが待っていて、ターミナルビルまで乗せてくれる。特に手続きもなくそのままビルを出てみたけれど、その先は真っ暗で、タンジェの街はどこにも見えない。話を聞くと、タンジェの街までは50km離れていて、シャトルバスが30分しないで来るから待ってなさいということ。50km離れたら最早そこはタンジェではない気がするのだが、新東京国際空港も同じような状況なので文句を言えた筋合いではない。無料のシャトルバスで街まで送ってくれるからいいものの、そうでもなかったら詐欺なところだ。


ここで世界一周中の日本人の男の子と出会う。就職前に何ヶ月かかけて世界を廻っているという。モロッコには短期で訪れて、この後はスペインに戻って南米に飛ぶそうだ。最近の日本の話を聞くけれどいろいろ大変なことは多いようだ。特に印象に残ったのが顔の話だ。世界のいろいろな国でいろいろな人を見てきたけれど、日本人が一番きつそうな顔をしながら生きていると感じるという。それは私達も全く同意見だった。3年前から状況は好転していないのだ。知ってはいたけど実際聞くと重みが違う。

彼は日本に戻った後に銀行に勤めるということだが、そういう世界の状況と生き方、世界観を知っている人が日本にいるのは本当に必要なことだと感じる。もっともっと、当たり前になるほどその数は増えていなければいけないはずなのだ。この世界と日本の状況の中で内に篭るのは全く得策ではない。なぜ日本人にとってこんなにも世界が遠くなっているのだろうか。個人的には、社会制度の作り上げた「ベルトコンベアー」が非常にスマートに効率的で、強力に働いているからだろうと感じている。誰も禁じているわけでもないけれど、国内の学校の学生から、国内で就職してそのまま働き続け、国内で結婚して、国内で家を買い、国内で子供を育てて、国内で老後を送るのが余りにも一般的で、疑う余地もない人生のあり方だと考えている人が非常に多いのではないか。

溢れるほどの情報に浸っていて、世界中の物事が自分の手の中に入ってくるように錯覚してしまうけれど、それはただ単に情報の送り手によって取捨選択され、編集され、時には演出されている「情報」でしかない。私がこうして書いているこのBlogだってそうだ。ビジネスが絡んでこない個人的な記述ですら、その関心や出来事にフォーカスされ、客観的な記述とはならない。役に立つかどうかもまた別の問題だ。自分の目で生の光景を見ること、その場所に浸り、生きること、そういった実際の所作を通さずには表象してくる情報の通奏低音を聞き取ることはできない。


タンジェの街に着くと客引きが寄ってくる。こういうのはインド以来でとても新鮮だ。振り切ろうとしてもへばりついてくるので面倒になって案内してもらう。とにかくこっちが渋いところを見せて安いところへと誘い込ませる。結局日本人の彼と3人でドミのような一部屋を借りることにする。思っていたよりもかなり安く済んだ。人も昔から聞いていたほど悪いとは思えない。10年前にインドで「タンジェは走って抜けろ!」と脅されていたのが不思議だ。客引きがこの調子なのはインドでもどこでも変わらないし、正直今さらである。

一休みしてから客引きが連れて行こうとしたレストランはお高い店だったのでごねてみたけれど希望の額まで下がらなかったのでここでお別れ。まあ、宿の分はきっとコミッション取れたしいいんじゃないだろうか。結局旧市街の広場にあった揚げ物屋で食べる。魚のフライとパン。これがまた美味しい。モロッコ人のやり口は、頼んでいないものまでさりげなく出してみて、食べたら料金をいただくというものだ。まあ、いちいち怒る気にもならない。

明日は朝から移動して、目的地のシェフシャウエンへと向かう。
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by djsinx | 2010-11-18 23:01 | 旅の記録

アルハンブラ宮殿 レアルマドリー戦

1114

アルハンブラ宮殿はこの日の午後からのチケットだったので、お昼まではゆっくりしてから宿を出る。抜けるような青空とは行かないけれど、贅沢は言えない。表通りでアルハンブラ行きのバスに飛び乗る。街で一番有名な目的地だから頻繁に出ていて便利ではある。入り組んだ古い街並みをミニバスは走り抜けてアルハンブラの正面入り口まで到着する。もう午後からの入場を待つ観光客が大勢並んでいる。我々もその最後尾に並ぶが、どんどん後から後から人は来る。確かに入場制限が必要な人数なのだろう。今はまだしもハイシーズンはものすごい数の観光客がグラナダを訪れるであろうし、世界遺産である以上、しっかりとした管理や保護も必須だ。

時間になると行列はスムーズに動き出し、すぐに中に入ることができる。でもここからの敷地もかなり広い。建物の内部に入れるのは2時半からと決まっているのでまず最初はそこを目指すことにする。みんなまず同じルートなので迷いはしない。その入り口近くのブースで英語の音声ガイドを借りる。アントニオがアルハンブラの音声ガイドは面白いと言っていたのでとりあえず高かったけれど借りてみることにしたのだ。実際ドイツではこれがあって非常に楽しめた。しかし、大昔の携帯電話のようで重くてかさばる上に手が塞がってしまって非常に邪魔である。

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2時半きっかりに門が開いて中に入る。世界にアルハンブラの名を知らしめている宮殿の内部である。人間がここまで何かを作り込めるのかという、極致のような世界がそこに広がる。磨き上げられたイスラムの美の様式、その中にある無限性と永遠性。それらが実際の建築として、実世界に立ち現れてきている。ただただその精緻さと美しさに圧倒され続けるだけだ。音声ガイドは邪魔だし面白くなかったので早々に使うのをやめた。アントニオが言っていたのはきっとスペイン語のガイドのことなのだろうと結論する。

トルコのトプカプ宮殿も美しかったが、またトルコとは違う息吹があり、感性がある。ここで目の前に広がるのは立体万華鏡とでも言うべき、幾何学の立体的な造形だ。

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宮殿の建物内部から出て庭を歩く。趣向を凝らした庭園で、あちこちに水路や池があってきれいな水が流れている。階段を上がり、回廊を抜けていくと、木々や花が茂って目を楽しませるようになっている。そこからはグラナダの街並みを見ることができる。昨日いたアルバイシンの丘の教会もよく見える。

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マティスとアルハンブラという展示をやっていたので足を運ぶ。アムステルダムのエルミタージュの野獣派の展覧会でも気に入っていたのでここで出会えるのは嬉しい。アルハンブラ訪問の時期だけでなく、かなり長くマティス自身を追っており、野獣派の次代を過ぎてからのマティスの絵の変遷や展開も興味深かった。時代は流れ、人はその中で生きていく。ハリー・ハラーもそうだったように。

要塞の部分を見ているとそろそろ日が暮れてくる。夏時間の終わったヨーロッパの日が落ちるのは早い。寒くならないうちにゆっくりと街に歩いて下りる。宮殿の下に広がる林も鬱蒼として気持ちがいい。夏は特によさそうだ。

帰りに石榴門を通るとバスキングをしているカップルがいる。とてもいい音だ。グラナダは石榴という意味で、その意味でもこの門はグラナダの象徴的な場所だ。太鼓とギターの音が伸びやかに夕闇の中に響いて、アルハンブラ帰りの人々がふと足を止める。じっくり聴き入ってしまった。

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天気が悪くなってきたので近くのBarへ。安かったので選んだのだが、お客さんはローカルばかりでアクティブな感じだ。大きなスクリーンでサッカーニュースを放映している。日曜日の夜だ、確か試合があるはず。見ているとレアル・マドリーとどこかが戦っている。国内戦なのか、他のマッチなのかもよく知らない。スペイン人たちが興奮して見ているので一緒になってとりあえずレアル・マドリーを応援する。プレーの一つごとに店中が沸く。スペイン人と一緒の場所でサッカーを見たのは初めてだったけれど、この盛り上がりなのだ。結局ワインを2人で1本空けてお腹いっぱいご飯を食べて試合の最後までいてしまった。結果はレアル・マドリーが1対0で勝ち。でも勝った瞬間よりも見事なゴールの瞬間の方がやはり、というべきか大歓声であった。

お店を出るとどうやら雨が結構降っていたようだけれど、この時にはもうすっかり止んでいる。雨に濡れたグラナダの街を歩きながら部屋に戻る。アルハンブラに素敵なおまけまで付いてしまった。
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by djsinx | 2010-11-15 05:24 | 旅の記録

フラメンコ初鑑賞

1113

この日は土曜日で、フラメンコもあちこちでやっているらしいので出かけてみる。前日歩いていたアルバイシン方面にやっていそうなお店があったのでまずはそこを目指す。途中でケバブで腹ごしらえをして、表通りから一本中に入ると街は静かだ。特に危ないというのでもなく、ひんやりとした古い街の空気を感じる。地図を頼りにお店まで行くけれど、運悪くこの日は貸切だという。仕方がないので前日も声をかけてきたお店のあるエリアまで行ってみる。辺りのBarは店内だけで静かに営業しているようだ。諦めようかと思ったとき、近くのお店の客引きが声をかけてきた。

入場料無料で一人ワンフードとワンドリンクでLiveが見れるという。お店まで行ってみるとバンドがBarのところで準備をしていてそろそろ始まるらしい。雰囲気もよかったし、値段も2人で食べて普通の観光客向けのショーの入場料よりも安かったので入ることにする。ケバブだけではちょっと物足りなかったし、ヨーロッパももう離れるのだ。せっかくだから美味しい料理も食べておきたい。

ワインを頼み、寒かったけれどガスパチョとグリークサラダとパンコントマテをオーダーする。盛り盛りの肉という気分ではない。やがてバンドが出てきてLiveが始まる。

ダンディーな男性シンガーがまずは歌い、踊りを交えながら白地に赤の水玉の模様の女性シンガーが歌う。初フラメンコの舞台なのでどれ程の実力なのかは正直計りきれないけれど、来ている人はスペイン人が多い。地元のフラメンコファンの前で演奏をするのは何も知らない観光客の前よりもよほど評価は厳しいはず。

複雑なリズムがバンドの手拍子で打ち鳴らされ、世界に名だたるフラメンコギターがメロディを情熱的に奏でる。フラメンコは音楽だけでも踊りだけでもない。顔の表情からちょっとしたしぐさまでもが熱く情熱を込めた意味を持ち、空気を揺さぶる。それは魂の奥底までも届かせようという呼び声だ。心の琴線まで直接飛び込んできて響き渡るのだ。スペイン人がみんなフラメンコが大好きな理由がよく分かる。自分の国に世代を超えてここまで夢中になれる音楽が存在しているというのは素晴らしいことだ。絵画、建築、シアターに音楽、スペインは本当にアートの気配が満ち満ちている。

そしてここはジプシーロードの西の終着地点だ。ダンサーの一瞬の視線や手の動きがインドのラジャスタンで見たジプシーの踊りの様々な瞬間とリンクしていく。我々よりも遥かに昔、ジプシー達が西を目指した。様々な文化と宗教、言葉の違いの中で彼らはここまで来てフラメンコという大輪の花を咲かせたのだ。ここに至るまでに過ぎてきた長い時間と距離、私達はフラメンコを聴く時にそれを思うのだ。

フラメンコを習っている生徒さんたちも来ていて、そのうちの一人が誕生日だった。最初目隠しされたまま友達に手を惹かれてテーブルに着いた。Liveの最後に彼女もステージに招かれ、一緒に踊っていた。素敵な誕生日のサプライズになったようだ。

帰る頃には真夜中だったけれど気持ちのいい夜だ。散歩しながら宿まで戻る。フラメンコは動きが激しすぎて写真は無理だった。音楽と踊りが肝なのだ。それでもいい。

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by djsinx | 2010-11-14 05:22 | 旅の記録

アルハンブラのチケット購入、アルバイシン散歩

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アルハンブラのチケットは先に買っておいた方がいいと聞いていたので受け付けてくれるお店を探してプラザ・ヌエバまで散歩する。大きなカテドラルの横を通り、賑やかな十字路を過ぎるともうプラザだ。近くのインフォメーションで店を聞き、購入しようとすると明日のものは売り切れだという。シーズンではないけれど土曜日だししかたがない。残っていた日曜日の午後のチケットを買う。

その後プラザのオープンエアのカフェでシュワルマを食べる。トルコ料理はどこでも人気だ。ここはイスラムの文化が強かったからより住みやすく感じるのかもしれない。もちろん世界的に有名な観光地というのも大きいだろうけれど。ここでは薄着の短期の旅行者の姿が目立つ。日差しは強いけれど空気は冷たい。でもより北のヨーロッパから来た人にとってはこれでも全然問題ないレベルなのだろう。気持ちよさそうにビールを飲んでいた。

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その後Junちゃんと別れて街をアウトドア用品屋を探して歩く。夏中使ったテントがさすがに限界なのだ。アフリカで使うのであればヨーロッパで安くて軽いものを買った方が絶対にお得だということだ。プラザ・ヌエバの辺りから探し始めたのだけれど、珍しく道に迷う。曲がりくねっていて分岐も枝道も多く、しかも立体的なのだ。丘をなんとなく登っていると人の多いエリアに出る。

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なんとなくそちらに歩いて行くと、教会の前の広場に人が集まり、写真を撮っている。そこから見るグラナダの景色はとても美しい。遠くまで街並みが広がっていて、手前にはアルハンブラが山腹に堂々とその城壁と建物を聳えさせている。その奥にはアルプハーラー山系の雪を被った山々が連なっているのだ。3000m級の山だ。物を売ったり音楽をやったりしている人がいて、次々とツアー客が運ばれては写真を撮っていく。手すりに腰掛けてゆっくり街を眺めているのはとても気持ちがいい。

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その後さらにアルバイシンの奥に迷い込む。確信犯と言われても仕方がない。知らない街で道に迷うのが大好きなのだ。そしてふと気持ちのいいプラザに迷い出る。いくつものBarが椅子とテーブルを並べ、そこで人々がビールを飲みながらタパスを食べている。たまらず日当たりのいい席に座り、

「セルベッサ・コン・タパ(ビール・おつまみ付)!」

と注文する。大降りのグラスと小皿に盛られたパエリアが出てくる。写真を習っているであろう学生が紅葉した木々や噴水を楽しそうに撮影し、バンドやギタリストがふらりとやってきてはバスキングをはじめる。気に入った演奏にはチップを払い、二度目の

「セルベッサ・コン・タパ(ビール・おつまみ付)!」

を注文する。今度のタパはミートボールのトマト煮込みとフライドポテトだ。食べながら飲む習性がしっかり見についてしまった日本人としてはこのアンダルシアの伝統はたまらない。しかも2ユーロしなくて当たり前なのだ。アントニオによるとマドリードにもバルセロナの方にもあまりない文化で、アンダルシアが特にこれで有名らしい。グラナダに日本人が多い理由がよく分かる。

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少々酔っ払ったのでまた道に迷いながら宿に向かう。不思議な丘に出たり、商店街に迷い込んだり、カテドラルの真正面に突然出たりと飽きないし、街の風景の一つ一つが美しいのだ。住みたい街である。

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by djsinx | 2010-11-13 05:15 | 旅の記録

グラナダ着

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アルプハーラーの山々は思っていたよりも遥かに真っ白に雪を被っていた。ヨーロッパの南のはずれ、スペインの、しかもアンダルシアで雪山なのだ。ヨーロッパが寒いというのを改めて実感させられる。
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グラナダのバスターミナルに夕方到着する。辺りはもう暗くなり始めている。ひとまずターミナル内のインフォメーションデスクに安い宿を問い合わせると25ユーロのところが空いているという。ちょっとメインのエリアからは離れているけれど、別にその程度問題ない。バスの路線と降りるバス停を教えてもらって市バスに乗る。夕方なので多少混雑しているが、たいした時間ではない。

歩いていると間もなく宿を見つける。言葉は余り通じないけれどなんとか値段も確認できてチェックイン。夕食を食べに向かうけれど、時間のせいかエリアのせいか、余り見当たらない。結局宿の近くのローカルな店でボカディージョとイカを食べてビールを飲んだけれどこれがかなりいけた。

久しぶりにホットシャワーでゆっくりし、ベッドでぐっすり眠る。
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by djsinx | 2010-11-12 05:12 | 旅の記録

朝4時半にグラナダ着

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バスが順調に走り、グラナダに到着したのは朝の4時半だった。もちろん全て真っ暗だしどの店もやっていない。やれやれだ。一緒に降りた乗客達は家族の車やタクシーで三々五々自分の家にでも帰っていくようだ。行き場のない我々はベンチで、同じように行き場のない旅人やホームレス風の人と一緒に朝を待つ。

ようやく6時過ぎにチケットカウンターやカフェが開き始めるのでコーヒーを飲んでハモンのボカディージョを食べる。とにかくハモンの乗せっぷりが豪快である。疲れた体にカンフル剤となる。さあ、アンダルシアだ。タパスとフラメンコだ。
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by djsinx | 2010-09-23 05:10 | 旅の記録

グラナダまでの大移動

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2人のところにも長居してしまった。スペインに戻るのに、調べた結果ユーロラインよりEasy Jetの方が安かったのでマドリードまで飛ぶことにした。時間もかかるし体力も使う。二人とも仕事を空けてくれてトゥールーズの空港まで送ってくれた。本当にありがたかった。日本に招きたい友人がたくさん増えてくる。こうやって再会して、またどこかで会って、そうやって人は繋がっていくのだろう。

空港のカフェで時間があったので一緒に昼食を取るが、なんとここでもクロワッサンがない。お昼過ぎたからというお馴染みの理由だ。まさかフランスに来たにもかかわらず一度もクロワッサンに出会わずに出国とは。だけど次にフランスに来たときのテーマが明確に「クロワッサン」に決定した。その時を楽しみにしようではないか。

Easy Jetは相変わらず遅れる。もうこれは安い分そういうものだと諦めるしかない。搭乗口が突然変わるのはまた長い距離を歩くので大変だけれど、慣れてくると気にならない。インド資本の格安航空会社、Jet Airwaysの爪の垢でもぜひ飲んでいただけたら嬉しいけれど物価の違いだろう。

フライト自体は短くて順調。今回の旅で3度目の正直となるマドリード空港だ。勝手も分かっているしもう迷わない。地下鉄を手早く乗り継いで目的のバスステーションへ。いくつかバス会社を見てグラナダ行きのチケットを買う。22時半発で早朝グラナダ着だ。居心地のいいカフェがあったのでそこでビールを飲んで晩御飯を食べて粘る。どうせ遅れるだろうと思っていたら今回はきっかりに発車。三度目の正直だった。
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by djsinx | 2010-09-22 05:08 | 旅の記録

バルセロナ発 ひったくりに逢いかける

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長居してしまったアントニオの家を出てオーストラリア時代のフランス人の友人カップル、ヤニクとエロディに会いに南仏のアジェンという街に向かう。バルセロナからユーロラインで直接行けるので便利だったし、なかなかここまで会いに来れるチャンスもない。

夕方荷物をまとめて家を出る。列車もスムーズで、バルセロナ・サント駅まで到着したけれど、ユーロラインが遅れているようだった。1時間以上は確実に遅れるようだ。他に便もないしひたすら待つ。Boomの後なのにいろいろ動いて楽しんでいたからか気が抜けてしまった。

2時間ほどしてようやくバスが来て、荷物を貨物室に入れる時に、ふと気がつくとPCを入れたバッグがない。はっと横を見ると警備員が警棒で誰かを殴りつけ、そいつがバッグを落として逃げた。自分のPCバッグだ。警備員がなくなったものはないかと聞いてくる。落としていったそのバッグ以外も全部ある。

バルセロナはひったくりなどで危ない街だとは前からも、アントニオから直にも聞いていたけれど、まさか自分が遭うとは驚いてしまった。こういうことは常に誰にでも、もちろん自分にもしっかりと起こりうる。それを忘れるのはもう、どう考えても赤信号だ。警備員のおかげで盗まれずに済んだのは本当にラッキーにしか過ぎない。自分の身は自分で守る。当然のことだ。気を引き締めてバスに乗り込む。

しかしこのバスが結構適当な代物だった。ヨーロッパなのに座席の間隔が狭くてきつきつの格好で座る羽目に。インドの長距離バスでも正直もう少し乗り心地はよかった。ヨーロッパは先進国でインドは途上国のように感じていたけれど、インドが進んでいる以上にヨーロッパもラフなところは意外とラフなままなのだ。何しろスペインで乗った長距離バスは今のところ2度中2度とも2時間以上遅れているのだ。まあ、それもいい。
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by djsinx | 2010-09-17 04:50 | 旅の記録

シアターフェスティバルはまだ続く

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朝起きてさっそく町に出る。川辺の道まで来ると巨大な5人乗りの観覧車のような自転車に乗ったバンドが演奏しながら通りをやってくる。音楽もかっこいいし、自転車もすごい。大勢のお客さんを引き連れながら賑やかに通り過ぎる。

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中の方では観客参加型のエンターテインメント。誰も恥ずかしがったりせずに、何かに指名されると嬉しそうに興じる。前半の複線が後半ぴったりとはまり合い、大盛り上がりのクライマックスへ。見せ方もうまいし、それを見るスペイン人達の楽しみ尽くそうという心意気がこのアートシーンを根強く、野太く支え続けているに違いない。

街角でいちいち立ち止まり、広場では座り込み、いろいろなパフォーマンスを見てシエスタの時間にテントに戻る。夕方までには撤収だけれどゆっくりで何の問題もない。汗をかいたのでシャワーに入ると、とてもびっくりしたのだけれど男女共用だった。しかも老若男女結構普通にすっぽんぽんである。自分がシャワーを浴びていたときも目の前にティーンエージャーの女の子が2人お喋りしながら全部するする脱いで普通にシャワーを浴びていた。ヌーディストがどうとか主張する人々は多いけれど、ここでは別に何も気にしていないだけだ。外では出さないことになっているから出していない、という雰囲気だ。一応キリスト教国なのにこういうノリなのは不思議なような、頷けるような、である。

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帰りにシトヘスという隣町に寄ってみる。ピカソもここの絵を描いたりしているという、風光明媚な保養地らしい。ゲイも多いというけれど、確かに熟年の男性同士でBarでくつろいでいる姿もよく見る。アイスクリームを食べて散策する。そういうのにぴったりな街と雰囲気だ。教会までぐるりと街を回ってから家に帰る。
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by djsinx | 2010-09-13 04:45 | 旅の記録