【募金先決定】12/3 「Tranquility Base Vol.2」 @ Village 京都

7月10日に行った震災支援Partyの第二段を行います。

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今回は京都は左京区、北白川の天下一品本店の2階と言えばそれだけでみんな分かってしまうベジタリアンレストラン、Villageにて「Tranquility Base」を開催します。踊れるお店なので、Chilloutの縛りをはずします。始めてここを訪れたときはMasa&Ree-KのBtoBで2時間みっちり踊り倒させていただきました。もちろんご飯もビーガンものを含めて各種美味しいものづくしですし、お酒もあれこれ楽しめます。

今回も7月と同じ面子で送らせていただきます!Dub、Jazz、Lounge、Chillout、Ambient、Progressive、その他諸々、各アーティスト、DJと来てくれた皆様の思いのままにFree Styleに楽しめる空間にしたいと思います。

また、震災復興支援ということで、フリーエントランス形式とし、ドネーションボックスを設置いたしますので、どうぞよろしくお願いします。 今回のパーティで寄付していただいたドネーションは、自主避難をしたいお母さんと子供たちを支援しているボランィア団体hahakoに寄付したいと思っています。
http://hahako-net.jimdo.com/

いよいよ寒くなる時期ですが、京都はおそらく紅葉の最盛期になりそうです。週末プチ旅行も兼ねていかがでしょう?遠征の皆様もお待ちしています!

「Tranquility Base Vol.2」
Free Style Music Party for Fukushima

12月3日(土)
19:00-24:00

Live:
及川 禅
http://www.zen-oikawa.com/
http://www.myspace.com/zenoikawa

DJs:
Yoppe (Samuraitribe/MagicalCamel)
sinX(6D SOUNDZ/転輪)
Jun(転輪)
and more...

- 及川 禅 Profile -

ギタリスト、作曲家、音楽プロデューサー
1975年から即興ロックトリオ「SPACE MANDALA」
79&80年インド、ゴアでのコンサートツアー等、
山口富士夫ソロアルバム等セッションの後、80年から東京ニューウエーブ・ムーブメントで「Be-2」(ハーツヴァイス)結成。
85年からソロ活動。
「紅の豚」「おもひでぽろぽろ」「海が聞こえる」「耳をすませば」「コクピット」「11人いる」等、映画音楽プロデュースと同時に、梅津和時、モーガン・フィッシャー、他アルバムプロデュース。
現代舞踊との演奏も多く、杉田丈作、伊藤虹(大野舞踏研究所)、島田明日香(東雲舞踏)日本の古事から「奏舞楽」(かなまいらく)奏舞組曲を作曲、上演。
また、ロックをモチーフとするpc映像と演奏がシンクロする
即興曲「ビジュアル・サイケデリカ」(ジミ・ヘンドリックスに捧ぐ)
「マンダラ・スケイプス」等、映像作品も上映。

ロック、ダンス、映像、そして実験音楽。
メジャーからアンダーグラウンドとノーボーダー・アーティストを自認。
ギター1本で心象表現にかける姿は圧巻
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# by djsinX | 2011-11-10 11:28 | 震災関連

南相馬の津波被災エリアの移り変わり

南相馬市には4月の中旬からGWまで、6月の中旬、そして今回の8月中旬の三回足を運んだ。ボランティアをするのがその目的だったが、それぞれの時に津波で被災したエリアの写真を撮っておいた。それはもしかしたら不謹慎なことなのかもしれないと最初は思ったけれど、多くの人が見て知っておくべきことだと感じたので撮影した。このエリアには自衛隊が入って遺体捜索を行い、その後には重機を用いて瓦礫の撤去が行われた。

そして8月の今、津波の泥を被ったエリアには緑が戻ってきていた。海水の塩分、海底のヘドロ、押し流された瓦礫、それに火力発電所や自動車等から流れ出した様々な化学物質に福島第一原発からの放射性物質。それらがこのエリアを覆っていた。数々の雑草と呼ばれてしまうであろう名もない草々が今はそこに生い茂っている。

それは人間とは関係のない営みかもしれない。人間がこの土地を再び以前のように使えるようになるにはもっとずっと長い時間と大変な労力が必要かもしれない。でも、最初は世界の終わりのように見えたこの風景に、勢いよく青々とした植物が伸びているのを見るのは心打たれる出来事だった。今このことを敢えて解釈しようという気にはなれない。分かりやすい、口に甘い答えを欲しいとは全く思わない。

以下、写真にて

2011年4月

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6月

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8月

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瓦礫の集積所
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6号線沿いの船はまだ手付かずのまま
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# by djsinX | 2011-08-20 16:04 | 震災関連

2ヶ月ぶりに再び南相馬へと向かった

今回獏原人村の満月祭に参加していた中日の8/12に南相馬市にボランティアに行ってきた。前に行ったのがちょうど2ヶ月前、あの後南相馬市はどのように変わっているのか、変わっていないのか、これからどうなっていこうとしているのか、知りたいことはたくさんあったし、これまでボランティアを続けてきた遺留品展示場に微力でも手伝いができればと考えてのことだった。

朝一番に川内村を出て399号を通って飯舘村に向かって北上する。5月に来た時に見た道路の破損は今もカラーコーンが置かれているだけでそのままになっている。もちろん浜通りのあの状況に比べればかすり傷だし、手が回らないのは言うまでもないが、その事実が重い。

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でもそれ以上に目に付いたのは「特別警戒 防犯カメラ作動中」の看板があちこちに立てられていたことだ。住民の避難したエリアで空き巣狙いが横行しているという話は何度も聞いていたが、生々しいほどにこの看板が立てられている。そして、パトロール中の福島県警のパトカーも何度も目にした。震災直後の日本人の行動は世界中で称賛されたが、これをやっているのも同じ日本人だ。

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体制が変わっていて原町VCは南相馬VC原町支部となっていたが、受付、登録のフローはこれまでと変更はなかった。人数はお盆前の平日ということもあって人は結構多かった。ニーズは次々と埋まっていく。ここで継続して入っていただいている地元出身のリーダーの方とも再会し、展示場の業務に入る。受付の市役所の女の子も元気そうだった。

現在の作業は結構複雑になっていて、以前のようにただ洗浄されてきたアルバムや写真を展示するだけではない。スペースの関係からばらばらの写真はミニアルバムに分類して収納し、陳列しているし、アルバムは暑さや湿気からカビが生えて劣化が始まったために、それぞれ乾燥させてからミニアルバムに移し変えている。既に展示されていたものも状態の悪いものは移し変えを行っている。簡単な洗浄もするが、既に写真の劣化が激しいため水は使わず、刷毛で表面をきれいにするのが関の山なのが現状だ。以前訪れた隣の相馬市の写真が、全て水を使って洗浄しても大幅な劣化が少なかったのとは対照的であり、南相馬市の原発から近く、遺留品の収集が遅れてしまったという特殊性を嫌でも感じる羽目になる。

昼食は各自持ちだが、遺留品関係の現場では、地元で活動するNPOがボランティアのために弁当の出前を行っている。ここで買うと100円が支援のための募金となる。美味しくて好評のようだ。

午後も継続して作業を行う。どうやらお盆に入ることもあり、帰省している人がかなり多いようだ。6月に来た時よりも人が多い。川内村の温泉に行った時にもそういった一時帰宅の避難者の方々をずいぶん見たし、飯舘村ですら車が止まって人がいる家があったのは、恐らくそういう理由だろう。


無事に作業が終わり、「関西ボランティアのための南相馬ガイド」の新しい版を作るためにVCで話を聞く。9月に入れば震災から半年となる。仮設住宅の建設も進んでいるため、ニーズはこれからも変化していく見通しだという。放射能があり、原発が収束していない段階で南相馬市に人が残ること、特に乳幼児や妊婦が生活を続けることの是非の議論はもちろんある。でも、だからといってこのまま手を引くわけにもいかない。出ろと言うだけなら簡単なのだ。出られるようにするための橋を架けなければただの空論に過ぎない。そして出るにしてもその準備が整うまでは手は必要なのだ。

帰り際、満月祭での賄いの食材を買うために立ち寄ったフレスコキクチは相変わらず人で溢れていた。地元の人もいればボランティアできている人もいるだろう。駐車場では県外ナンバーもちょくちょく目にした。物不足はもう過去の話のように見えるし、実際スーパーでは何銘柄かのタバコを除いたら欠品はないと言っていい。ただし、大手のレストランやファーストフード、電気屋などで撤退した企業もある。今戻っていないということは、大きく状況が変わらない限り戻るつもりはないということなのかもしれない。

個人商店やローカルの企業等は比較的営業しているように見えた。もちろん震災以前を知らない分、比べようはないのかもしれない。ただ、原町の商店街のシャッター街を見て「人のいない見捨てられた町」だという感想をBlog等で述べる人も見たけれど、これは震災の影響というより、それ以前から過疎化によって寂れていたためだと地元の人に言われた。もちろん震災で店を閉めた人も南相馬を離れた人もいるのは間違いないが。

そしてもちろんこの過疎化、少子高齢化はこの震災にも大きな影響を与えている。もともと働き手や子供が少ない状態で、震災によって妊婦や乳幼児を抱える家族が南相馬市を離れれば、復興や再建は厳しさを増す一方となる。早急過ぎると批判を受けながらも桜井市長が帰郷を求める理由にこういった昔からの事情があるのは間違いないと思われる。

ただ、20km圏内の小高区を丸々失ったのは非常に大きな痛手でもある。このエリアには工場等の働くための場所が少なからず位置しており、そこが使えなくなったことで再建できない仕事もある。もちろん津波で被災したエリアもある。それによって雇用の再創出は容易ではなく、中長期的に見た時に南相馬市で生計を営んでいくことが可能なのか、先が見えないと感じる層も少なくないと思われる。加えて農業に従事していた層の雇用も新たに創出しなければならないと考えた時に、それはやはり難しい話である。

南相馬市に住むということと、根を張って住み続けることは簡単にイコールであるとは言えない状況なのだと感じる。上に挙げた話以外にも、例えばいわき・東京方面に伸びる国道6号線は復旧の見込みも全く立っていない。震災以前から陸の孤島だと地元の人も感じていたようだけれど、震災後は物理的にそれが加速している。10年後、20年後、例えば子供を育てながら住み続けること、そのヴィジョンを描きながらどこをどのように復興していくのか、真剣に考え始めなければならない時期に入っているのだと思う。容易な話ではない以上、目を背ける訳にはいかない。
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# by djsinX | 2011-08-20 15:15 | 震災関連

獏原人村の満月祭2011 我々は長い浄化と再生の時代の一歩を踏み出す

獏原人村の満月祭に行ってきました。5月のGWに南相馬市からの帰りに獏に寄り、マサイさんと話をして今回の初日のオーガナイズの話をいただきました。ボリビアで一号機が吹っ飛んだ第一報を聞いてから、獏はどうなるんだろう、どうするんだろうとずっと気になっていました。だから満月祭をやる、初日のPartyもやると聞いた時、迷うことなく私は一緒にそれを作り上げたいと思い、お話を受けました。

放射能のことがあり、収まらない余震のこともあり、告知はするが誘わない、というスタンスを私は取り続けることに決めました。ブルーハーツの甲本ヒロトがかつて「チェルノブイリには行きたくねえ」と歌ったように、今回「フクシマには行きたくねえ」という人がいるのは最初から分かっていましたし、そうした人の判断や不安は尊重すべきだと考えました。福島県のどこで何が起こっているのかを自ら知り、リスクも分かった上で来ることに決断してくれた人だけが来てくれればいい、マサイさんの意見でもあり私の意見でもあります。

そして最終的に、思ってもいなかったほど多くのアーティストが出演を希望してくれました。初日はもちろんのこと、満月祭全体としてもです。みんなそれぞれに何かを感じ、考え、強い想いを持ち、そして行動に移していました。それらは時に言葉として語られ、時に沈黙の中に込められました。もちろんアーティストだけでなく、スタッフとして働いてくれた人、出店者の方々、そしてお客さんたち。飲んで、食べて、歌って、踊って、滞在の全てがそのままメッセージでした。

余りにも美しい真夏の獏原人村には、間違いなく放射能は降り注いでいて、ガイガーカウンターを持ってきている来場者も少なくありませんでした。それでもなおあの場所は美しい。見えないけれどそこにある放射能、その中でも青々と色付く木々、飛び交う鳥、変わらず凶悪なアブにブヨ、そして蝉時雨。日差しは暑く、水は甘く冷たく、月はこうこうと光っていました。私たちはここで何をすべきなのか、どうすればいいのか、獏原人村とその自然そのものが何よりも強いメッセージとして私たちの目前に顕現していました。

そして私たちが取った行動は、歌い、踊り、遊び、笑うことでした。ジェリー・ガルシアの言葉であり、転輪祭のテーマでもあった言葉、「Have a fun(楽しむことだ)」をこれほど切実な意味で実感したのは今回が初めてでした。大変で、苦しくて、先が見えない時こそ、笑顔とユーモアは必要なんです。苦しくて笑えない人が無理に笑う必要はない。笑える誰かが笑顔を見せてあげればいい。そうやって未来に向けて途切れさせずに続けていけばいい。いつか時間が傷を和らげて、笑える日が来る。そのために私たちは祭りを開き、被災地に支援に向かっているのでしょう。

土曜日の夜のセレモニーの時のマサイさんの言葉は涙が出ました。この地球と宇宙の生命力を信じ、新しい文明を築いていく。あの自然の中で、その力は信じられるものでした。時に暴力的で破壊的でありながらも、その暴力や破壊さえも呑み込んで絶えることなく生き抜いていく生き物たちの姿が獏原人村には在りました。私たちの生きる今だけでなく、未来に対する言葉でした。

太鼓が打ち鳴らされ、火を囲み再生の舞を舞った時、東の山から満月が昇りました。輪になって火の周りを踊りながら回るたびに月は少しずつ空へと昇ってゆきました。誰も意図したタイミングではありませんでした。ただ、宇宙の流れに私たちが乗り、噛み合い、物事が起こりました。これから生きていくうえで、何度でもあの場面を思い起こすことでしょう。長い長い新しい時代の一歩を踏み出したあの祭を。そしてそこに昇った月を。

また獏原人村には必ず戻ることになるでしょう。あの場にいたときにこれが最後だとはまったく感じなかったから。そして、あそこに戻れるような、そんな未来を描き、そこに向けて考え、動いていこうと決意しました。それには長い長い年月がかかるかもしれません。もしかしたら私は生きてその世界を見ることができないかもしれません。問題は多岐に渡ります。ただ単に放射能云々だけのことでは全くありません。人の生き方、人間存在の在り方までもがそこでは問われてくることになるでしょう。でも、それは考え抜かれるだけの必要と価値のある問題です。そして余りにもその問いを問いかけることを人間は怠り過ぎてしまった。

答えはもしかしたら出ないのかもしれない。でも私たちは問いかけることはできる。そして考えることも、行動することも。笑顔とユーモアを無くさず、楽しむことを忘れることなく、この世界で。

満月祭の様子

テントサイト 
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池とパラソル
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ステージ前のマーケットエリア
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フロア全景
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獏原人村の川 泳ぐことも飲むこともできる。冷たくて澄んでいる。
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オープニングセレモニー
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DomeのChillout Booth
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ステージ前の人々
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# by djsinX | 2011-08-17 13:45 | Partyの記録

震災支援ボランティアプロジェクト「SustainAid」を立ち上げました。

このBlogでもいろいろ報告していましたが、私は4月の南相馬市でのボランティア活動をきっかけとして、その後も関西でもボランティア活動を続けてきました。一個人として動いたことも多いですし、京都のNPOの震災問題のWorking Groupにも参加しています。

ただ、それだけで自分が「やるべきだ」と思ったことの全てをやれるわけでもなく、それじゃあ自分が頭になってプロジェクトを作ってどんどん動かしちゃえ、と考えるようになりました。まあ、獏原人村で転輪祭を始めた時の同じです。誰かが動くのを待ってるのは性に合いません。そんな暇があったら自分で動いてましたし、そうゆうところは旅の後も変わってないようです。


そこで立ち上げたのが「SustainAid」で、Sustain(持続する)+Aid(救援)という言葉からの造語です。「継続支援」を目的としています。支援内容は敢えて限定していません。支援地域に関しては、自分が深く関わっているという理由で南相馬市をその第一に据えていますが、そこだけに限定するつもりもありません。

同時に「今回の震災の影響を受けなかった関西在住者の力を被災地に繋げる」というコンセプトも主軸にしています。もちろん関西以外からの支援でもいいのですが、まずは足元からしっかり始めるのがいいのかなと考えています。その上でどんどん繋がりができれば繋げていきたい。

とりあえずBlogができました。Ust配信とか楽曲DLとかあってうちららしい感じに仕上がってます。今後「SustainAid」での活動についてはこちらに整理して報告していきます。関わっていないものは震災・原発関連の話も基本こちらに書くと思います。
http://sustainaid.blogspot.com/


ちなみに、あんまり組織としてがっちり固めるのはあんまり性に合わないので、基本的に「転輪」と同じようにいろんな人が自由に出入りできるようなオープンで緩い感じを基本に人を集めて活動していけたらなと考えています。「自立した個人の緩やかな集合体」っていうのが転輪の人間関係の基本だったと考えてますが、そういう感じで息の長い動きをしていきたいです。まあ、やることが違うから全く同じとはいかないでしょうけど。




今回活動の第一弾として「関西個人ボランティアのための『南相馬活動ガイド』」というフリーペーパーを作成しました。現在京都、大阪、兵庫、滋賀のボランティアセンターと、京都府内のカフェ、映画館、ゲストハウス等に設置しています。詳しい設置場所は下記リンクからチェック願います。

これから学生、社会人共に夏休みの時期なので、それに間に合うようにということで作成しました。この間の千葉でも誰かに話した気もしますが、その時のあれです。アクセスは関西圏からの物を載せていますが、それ以外は日本全国どこから行くときにも使えるように作っています。リンク先からのpdfのダウンロード、プリントアウトは自由ですので、もしこの夏南相馬にボランティアに行ってみようかなと考えている人がいたらご利用いただければ幸いです。

http://sustainaid.blogspot.com/2011/07/vol1.html

内容について疑問点、不明な点などがあったらぜひご質問願います。できるだけいろいろな面をクリアにして行ってほしいと思っていますし、次の号を作る際には改善の参考にさせていただきたいと思います。


ほぼ同時進行していたのが先日行われた「Tranquility Base」です。これはFlyerには転輪とのダブルネームでやっていますが、まあタグみたいなもんです。チャリティ/ドネーションのチルアウトパーティとLiveでの映像配信。これはこの先も続けていきます。JAPONICAでもやると思いますし、先日予告したとおり、Villageでもやります。お寺もどこかのタイミングでやりたいなぁと思案中。Working Groupと共同でフリマや写真展、ボランティアの報告会と合わせたスタイルでのイベントも考えています。もちろん次にやるのは満月祭の初日Partyですが。

http://sustainaid.blogspot.com/search/label/%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88

それとは別に、とにかく音遊びしたい時は今まで通り「転輪」でやります。「宙飛魂 -Spirit of Wander-」とか「ハルノサキブレ」とか「Gorilla Rave」とかその他諸々。


そんな訳で関西、それ以外の地域を問わず、ご協力いただける方を常時募集しています。これはやるべきだ、と思ったことに関して、できる範囲で関わっていく、ということが継続に繋がると考えています。そしてやっぱ楽しんでやらないとね。楽しいことは言われるまでもなくいつまでもやってたいものです。しかめっ面して我慢と忍耐では疲れちゃうし、それで続かないんじゃうちらのやろうとしていることには結びつかないので。
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# by djsinx | 2011-07-21 00:46 | 震災関連