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継続する強さ、継続できない弱さ

もう、派遣村なんて話題にもならないのだろう。問題が解決されて状況が改善されたわけでもないだろうに、話題にならなければ誰も見向きもしない。結局センセーショナルな話題でなければ忘れ去られるだけなのだ。その問題が解決されたかどうかなどは大切でもなんでもない。継続的に何かを粘り強くやりつづける、そんなのは当たり前のことだと思っていたけれど、「遅れてる」としか思われない世の中なのだろう。

それよりは新しくてホットな話題に食いつき、消費することにみんな夢中なだけなのだ。退屈なことなんてできない。刺激的なものを消費して、結局すぐに飽きては次の刺激を貪欲に求める。死ねよ腐れジャンキーどもwお前らは単に飽き続けているだけなんだよ。本当に価値のあるものも見つけられず、そのための退屈さには耐えられず、我慢ができずに与えられた刺激物を貪り食っているだけの豚なんだよ。

今月頭に誰かの言っていた「家庭菜園とマイ種子禁止法」についてだってもう誰も語りはしない。問題が解決したわけでは全くない。単にその刺激じゃもう興奮できなくなったってだけなんだ。


「海辺のカフカ」で退屈なことと飽きることの違いの話が出てきたけれど、全く誰もその違いなんて分かっていないみたいだ。違うと感じたことすらないんだろう。馬鹿げた話だ。馬鹿げた連中だ。


--以下引用--

社会総合 - エキサイトニュース

公設派遣村、今年はなし 厚労副大臣が明言

 厚生労働省の小宮山洋子副大臣は24日、住居がない人や生活困窮者の年末年始の対策について、記者団に「対応は30日までで、昨年のようなことはしない」と述べ、政府として今年は「公設派遣村」を開かないことを明言した。昨年は国の要請で、東京都が公設派遣村を提供。国立オリンピック記念青少年総合センターに約830人を受け入れたが、今年は石原慎太郎都知事が「協力しない」と拒否。
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by djsinx | 2010-12-25 01:16 | News

「著者のプロフィール」と魂の軌跡

個人的にはそれは気になる方だ。確かに作家は作品が全て、というのは説得力のある話だけれど、作家というのも人間であり、人間であるからには彼ら、彼女らの歴史や人生というものがある。そして作品には好むと好まざるとに関わらず、そうしたものが何らかの形で影響してくるものだと考える。

例えば村上春樹の作品を考える時に、初期と最新の小説ではその内容やトーンは全く違うと言って過言ではない。デタッチメントからコミットメントへ、という言い方をされることもあるが、そのような作家自身の魂の軌跡を思った時に、そこから見えてくるものがある。特に村上春樹の場合は「作品群」というここの作品を超えた大きな目で見た時により深い理解が可能となるのではないか。

「風の歌を聴け」や「ノルウェイの森」が当時の時代を映し出していると同時に当時の村上春樹自身をも色濃く映し出しているのは言うまでもないが、その時代、それらの作品を経て「海辺のカフカ」「1Q84」といった作品へと繋がる流れは確かにある。それを初期が好き、今の方が好み、というだけではやはり私は物足りない。

--以下引用--

「著者のプロフィールは気にならない」人たち(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

最近、「著者のプロフィールは気にならない」という意見をよく耳にする。

「気にならない」理由としては、「作者の経歴や学歴では作品を判断しないから」「作品が面白ければそれで良い」「(フィクションなどの場合)作者の顔や人物を知らないほうが、作品世界を楽しめる」となどが主流であり、特に最後の「フィクションの場合、むしろ作者の顔や人物像などは知りたくなかった……」「作者を知って幻滅した」なんて経験をしたことのある人も多いかもしれない。
さらに、作品の性質によっては、「著書に説得力やハクをつけるため」だけのプロフィールというものもある。

だが、「作品が面白ければ、それでいーじゃん♪」で、はたして終われるものかどうか。
近年、マンガ編集者や書籍編集者、著者などと話す際、そうした「読み方」に対する疑問を投げかけられる機会が多い。
「最近は、『作品が面白ければ著者がどんな人かなんてどうでも良い』と言う人が多いですが、“作品固有で終わらない楽しみ方”もありますよね。たとえば、『吾輩は猫である』を読んだら、漱石のその後の作品を読んでみたいと思うものですし、漱石と交流のあった人や関連ある作品、弟子の作品、同じ年に生まれた文豪の作品なども気になるものですよね」
と、ある編集者は語っていた。

また、あるマンガ編集者も言う。
「今は編集部主導で作っているマンガも増えていますが、マンガ家さん固有の世界としては、ストーリーや思想性、絵のタッチやコマ割りなどに他のマンガ家さんの影響を見ることがあったり、どうしてそれが生まれたのか知りたいと思いますよね。たとえば、『ドラえもん』を読んだら、他の藤子不二雄作品も読みたいし、トキワ荘について知りたいと思ったり、二人の路線が乖離した後を知りたいと思う。でも、今は、藤子不二雄などはともかくとして、人気マンガの作者の名前を言える人はあまりいません。『作品が面白ければ、作者がどんな人かなんてどーでもいいじゃん』と言う人が多いんですよね」

自分の場合、読書をしたとき、「あとがき」「プロフィール」は昔から必ずチェックしてしまう。ここでいう「プロフィール」とは学歴云々ではなく、もちろん顔でもなく、「いつ頃、どんな土地で、どのように生きてきた人か」を知ることで、「どうしてこの作品が生まれたか」に思いをはせる手段である。

思えば、自分の親や祖父母の時代、さらに自分が子どもの頃にも、インターネットなどは存在しなかったのに、「作品を気に入る→作者のことを知りたくなる・同じ作者の他の作品を読む→別のペンネームで書かれた作品も読む→作者と交流のあった人の作品を読む→同時代の人の作品を読む」「作品を気に入る→そこで描かれている風景・モデルとなった人物・作品に登場する他の小説や事物などを知りたくなる」ということは、誰に教わるでもなく、当たり前にやってきた流れだった。

これは「知るべき」ではなく、「知りたかったから」、ただそれだけの理由だったはずだ。
今は、こうした作品固有の世界から枝葉を伸ばし、広げていく読書法は「オタク」と呼ばれるのかもしれないけれど……。

好きな作品に出会ったら、やっぱり著者のこと、知りたくなりませんか。
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by djsinx | 2010-12-25 01:05 | News

クリスマスのための幸福なアリとキリギリス

日本にいるときは、クリスマスイブの夜に毎年『Smoke』という映画を見ていた。ポール・オースターが原作で、ハーヴェイ・カイテルとウィリアム・ハートが主演している。その中にオースターの『オーギー・レンのクリスマスストーリー』を下敷きにしたクリスマスのシーンがあって、それがとても好きだったのだ。旅に出てからはDVDを見つけることもできず、もう4年続けて見ていない。だからトム・ウェイツの歌う主題歌、『Innocent When You Dream』だけをその代わりに聴いている。

今私はモロッコのシェフシャウエンに長く滞在して執筆をしている。かつてボウルズがタンジェでしたように、と言えば聞こえはいいが、地中海性気候の冬は嵐と形容するしかないような激しい雨も多く、降り込められていると言えなくもない。そんな中でも晴れる日があり、美しい青い街並みを見ながら歩くのは素晴らしい時間だ。宿の屋上からはリフ山脈の険しい岩山が見え、眼下にはのどかな緑が広がる。

そしてこの国はイスラム教国で、クリスマスを、少なくともこの街では祝う様子は全く見られない。別にクリスチャンでもない私だけれど、恐らくはあの映画のせいでなんとなくこの時期になると心温まる物語が欲しくなってしまう。今年はこれまでになく寒い場所にいるというのもその理由かもしれない。

でも私にはオーギー・レンのような友人はいないし、そもそもニューヨークタイムスにクリスマスストーリーを依頼されたわけでもない。だからこの物語にクリスマスのことは一言も出てこない。私はただ、『鉄コン筋クリート』のシロがアリとキリギリスのお話が嫌いだと言ったのがどこかに残っていて、そのプランBを考えてみたかっただけなのだ。ただ誰も死なず、傷つかず、幸せになれるような、そんなクリスマスの香りのする物語を。

シロがこの短い物語を気に入るのかどうか私は知らない。ただ、クリスマスの前にモロッコにいる私の中からそれは出てきて、どこかに歩いてゆくことを欲したのだ。どこへなりと歩いてゆけばいいと思う。それはきっと物語の本性なのだろう。


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幸福なアリとキリギリス

とある美しい草原の片隅の静かな林の中にアリ達が住んでいました。アリ達は働き者で、毎日朝から晩まで餌を探して働き続け、巣を作っては働き続けていました。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、アリ達は働き続けました。

美しい花が咲き乱れても、雨上がりに虹が出ても、夕焼けの後に満天の星が夜空を覆っても、アリ達は目を向けることはありませんでした。それは、食べることもできないし、巣を作るのにも役立たなかったからです。アリ達はそんなものに目を向ける暇があれば、黙々と働き続けました。

キリギリスは同じ林の中で、毎日朝から晩までヴァイオリンを奏でながら美しい声で歌いました。美しい草原の日々の、花や虹や星空のことを歌いました。でもアリ達は耳を傾けることはありませんでした。歌は食べることもできないし、巣を作るのにも役立たなかったからです。

それでもキリギリスは何も気にかけることはありませんでした。キリギリスは誰かのために歌っているのではありませんでした。歌うことが好きで、草原や、林や、花や虹や星が美しかったから歌っていたのです。

そして夏が過ぎ、秋がやってきました。アリ達はこれからやってくる冬に備えてさらに黙々と働き続けました。休む間も惜しんで餌を運び、巣を作りました。キリギリスは歌い続けました。キリギリスは赤や黄に色づく木々の美しさを愛でて歌いました。一日ごとに日が短くなり、寒さが厳しくなりました。

やがて草原と林に雪が降りました。アリ達はせっせと作り上げた巣の中で暖まり、黙々と集め続けた餌を食べていました。誰もキリギリスのことは考えもしませんでした。それは花や虹や星空や紅葉のように、アリ達には何の役にも立たないものだったからです。

キリギリスは寒さに凍えてもう歌うことができませんでした。手がかじかんでヴァイオリンを弾くこともできません。キリギリスは雪に覆われた草原を美しいと感じましたが、それを歌う力はもう残っていませんでした。キリギリスにはそれが残念でなりませんでした。

でも、女王アリだけはそれまでキリギリスの歌をずっと聴き続けていました。そしてキリギリスの歌と、美しさを愛でる心を愛していました。雪が降り、寒さでキリギリスが歌えなくなってしまったことを知りった女王アリは、御付きのアリ達に命じてキリギリスを女王アリの部屋に連れて来させました。弱りきったキリギリスに暖かい部屋と餌を与え、自分の手で看病しました。

キリギリスはやがて元気を取り戻し、女王アリの前で今までと同じように歌を歌い、音楽を奏でました。女王アリは幸福でした。キリギリスも幸福でした。でも、アリ達にはそのことが分かりませんでした。アリ達は女王アリの元にやってきて尋ねました。

「女王様、キリギリスは雪が降るまで働きもせずに歌っていただけでした。だから食べるものもねぐらもなく凍えて死のうとしていたのです。なぜそれを私たちの餌と巣で養わなければならないのでしょうか。」

「キリギリスは美しいものを美しいと感じ、美しい歌を歌い続けていてくれました。あなた達はそれに耳を傾けたことはないのですか?」

「でも、歌でお腹をいっぱいにすることはできません。そんなものがなんの役に立つのでしょう。」

「餌でお腹を満たすことはできますが、また次の日にはお腹は空くのです。でも美しい歌は胸を満たします。その美しさは変わることなく胸の中に残り続けるのです。あなた達の中にそんな美しさを感じ、美しい歌を歌えるものがありますか?」

アリ達は答えることができませんでした。アリ達は歌を歌ったこともなければ、美しいものに目を向けたり耳を傾けたりしたこともなかったからです。

「冬の間は働くことはできません。あなた達もゆっくりと歌を聴いてみたらいいでしょう。」

女王アリはそう言って微笑みました。

キリギリスはアリの巣の中で冬の間歌い続けました。キリギリスは冬のきらきらと降り注ぐ雪の白さと、そこに照る日の光の美しさを、そして澄み切った冬の夜空の美しさ歌いました。それまでアリ達にはただ辛いだけだった冬でしたが、キリギリスはそんな中にも美しさをいくつも見つけ出していました。

やがてゆっくりと、アリ達もキリギリスの歌に耳を傾けるようになりました。今まで目の前にあったのに、ただ目を向けていなかった様々な美しさについて想いを馳せるようになりました。アリ達は相変わらず歌うことはできませんでしたが、キリギリスの歌に合わせて手を叩き、体を揺らして楽しむことを知るようになりました。

そして冬も半ばを過ぎる頃、キリギリスは春の雪解けの水音の清々しさや、雪の下から芽を出す小さな花々の可愛らしさや、南からやってくる暖かい風の歌を歌い始めました。アリ達は歌を聴きながらその美しい景色を想いました。

春はアリ達にとってはまた外に出て働き始める季節でした。でもそれは今までの春とは違っていました。アリ達は春を待ち遠しく感じました。春に憧れるキリギリスの歌を、目の前の雪景色に重ね、胸の暖かさを感じました。

やがて南風が雪を溶かし、花々が咲き始める頃、アリ達は一斉に巣を出て働き始めました。アリ達は朝から晩まで働いていましたが、今では風の暖かさを胸いっぱいに吸い込み、雪解けの小川に耳を澄まし、可憐な小さな花の香りを楽しむことを知りました。

キリギリスは巣を出て新しい歌を歌い、女王アリはその歌に聴き入りました。そのようにして、新しい季節が始まりました。
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by djsinx | 2010-12-24 22:22 | 旅の記録

ウィキ創設者釈放求め集会 スペイン各地で

スペインなかなか粋なことをやってくれますね。フランコの長い独裁を味わっている彼らは政府が国民に隠し事をして云々なんていうのは超Fuckなんでしょう。スペインにいた時もそういう機運は感じましたが、世界に先駆けて街頭に繰り出してくれました。

アサンジ氏がヨーロッパに逃げたのはいい選択だと思います。あのエリアの国民たちは自分たちの手で自由や権利をどうにか手にするということ、そしてそれが企業や国家によって悪用されることに対しては強い感覚を持っています。アメリカや他の地域じゃなかなかこうは行かないでしょう。

このままこういう動きが加速すればいいと思います。

--以下引用--

国際総合 - エキサイトニュース

 【パリ共同】スペインからの報道によると、内部告発サイト「ウィキリークス」創設者で、英ロンドン警視庁に逮捕されたジュリアン・アサンジ容疑者(39)の釈放を求める集会が11日、首都マドリードなどスペイン国内で行われた。逮捕に反発するウィキリークス支持者は、関係機関や企業にサイバー攻撃を行ってきたが、英BBC放送(電子版)によると、組織的な街頭行動は初めてとみられる。
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by djsinx | 2010-12-14 01:48 | News

ヒートテックの話

メモ用も兼ねて。旅に出るにはこの薄くて暖かいヒートテックがものすごく役に立つ。省スペースにもなるし、何より本当に暖かい。ユニクロの製品はデザインがシンプルなものが多いので、旅先で気に入った服を買った時にも見えないように下に着るだけではなくて併せることもでき、オシャレさんから見ても利用価値は高い。

実際問題としては洗濯も考えて2枚くらい持っていたほうがいい。安いしね。

--以下引用--

ヒートテックって、ホントにあったかいの?(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

売れまくっているヒートテック。すごーく薄いのにあったかい、らしい。筆者もブームの流れにのって一枚買ってみた。今まさに着ているのだが、確かにあったかい、ような気がする。でも、「ただの気のせいじゃない?」と言われると、気のせいのような気もする。そんな心のモヤモヤを解消するべく、ヒートテックがほんとうにあったかいのか、調べてみた。

ユニクロからヒートテックがはじめて発売されたのは2003年。当時のプレスリリースには、ヒートテックがあったかい理由として、3つの点が指摘されている。

1.保温:中が空洞の糸を65%使っており、空気層の断熱効果であたたかさを外に逃がさない。
2.ドライ:吸収した汗は、表面積の大きな繊維によって拡散し、すぐに乾くので体の冷えを抑える。
3.発熱:吸湿性に優れた特殊な綿が、体から蒸発する水分を吸収して熱エネルギーに変換し、素材自体が温かくなる。

1と2はわかる。「?」なのは3だ。吸収した水分をエネルギーに変換って、そんなこと、ありえるの? これについて、ヒートテックをユニクロと共同開発した、東レ株式会社の担当者に問い合わせてみたところ、こんな回答をいただいた。

「ヒートテックが発熱するのは、『吸湿発熱』という原理によるものです。人間の体は、とくべつ汗をかかなくても、1日約800ミリリットルの水分を水蒸気として発散しています。この水蒸気は運動エネルギーを持っていますが、繊維に吸着したときに、運動エネルギーが熱エネルギーに変換されます。これが発熱の原理です」

ちなみに、この吸湿発熱はどんな繊維でもおこる。つまり、あなたが今着ている服でも吸湿発熱はおこっている。ヒートテックは、この吸着熱が、衣服の内側(皮膚に近いほう)で、たくさん発生しているというのがポイントなのだそうだ。

しかし、ちょっと待てよ。繊維に吸着した水蒸気は、いずれ繊維から外の空気へ出ていく。このとき、吸着したときと同じだけの熱エネルギーを、今度は運動エネルギーとして持っていくはずだ。そうすると、発熱量と放熱量が同じになるから、あたたかく感じないのではないだろうか?

これについての詳しい回答は得られなかったが、おそらくこういうことだ。衣服の内側で吸着した水分子は、繊維を伝って衣服の外側へ移動し、外に出る。すると、衣服の内側は吸着熱であたたかく、外側は放熱で冷たいという温度差が発生する。だから、体はあたたかく感じる。

この温度差を生み出すためには、内側のあたたかい空気を逃がさない「保温」と、繊維の水分をすばやく拡散させる「ドライ」という機能が必要になる。これは、先のリリースで述べられていた最初の2つの機能である。結局、ヒートテックは、普通の繊維にもある3つの機能「保温」「ドライ」「発熱」のバランスが、いい感じにとれている、ということなのだろう。

ちなみに、ヒートテック以外にも、ミズノのブレスサーモなどの「発熱する服」はあるが、基本的な原理は同じであると思われる。

というわけで、たぶん、ヒートテックはあったかい。
(nadi/studio woofoo)
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by djsinx | 2010-12-14 01:34 | News

「日本は太った敗者」と批評 米公電でシンガポール高官

余りにも的確すぎる指摘に涙が出そうになりますが、日本の悲しいところは、既に敗北していて相手もさっさと帰ってしまっているのに、まだ負けてないと勘違いして一人でリングの上でへろへろのなりで突っ立っているところです。「愚かさと質の悪い指導層、ビジョンの欠如」についてしっかりと敗因を吟味して次のラウンドに新たな気持ちで立たなければ日本はどこにもたどり着くことはできない。でもそう感じている日本人は残念ながらほとんどいないし、感じていたらのうのうと日本で暮らしていないでしょう。こんな状況で未来がないのが分かってしまっているから。

明かりの消されたリングで掃除のおばちゃんに「邪魔だからさっさとそこをどきな。」とモップの柄で場外に突き落とされる日が来るまで日本人には分からないのかもしれない。「世界第二位の経済大国」なんて恐竜が出てきそうな遥かな過去をいまだに夢見ていてそこから醒めるには本当にどん底まで落ちるしかないのかもしれない。

まあ、黒澤明の「どん底」を見るとあれはあれでいいんじゃないかと俺は思う。そうでもないとくだらない贅肉は落ちないんじゃないか?

--以下引用--

国際総合 - エキサイトニュース

 【シンガポール共同】オーストラリア紙が12日付で、内部告発サイト「ウィキリークス」から独占入手した米外交公電の内容として報じたところによると、09年、シンガポール外務省無任所大使が米高官と会談した際、アジアで中国が影響力を増す一方で「日本は太った敗者」と批評。日本の地位低下は「愚かさと質の悪い指導層、ビジョンの欠如」が招いたと指摘した。
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by djsinx | 2010-12-14 00:15 | News

NASAの「地球外生命体」に関する記者会見

今夜なのだ。邪推はするまい。楽しみに待つことにする。USに有利なように情報に
バイアスがかかっていないか、それも気になる。宇宙関連でそれはやらないと信じたいけど
信じられる国じゃあない。国内企業のビジネスを最優先に動く国家なのだ。

そういうのは宇宙好きとしてはすっごく残念なんだけど。

--以下引用--

ネットコラム - エキサイトニュース

12月3日(金)午前3時55分より、「地球外生命体」に関する記者会見を、
NASA本部(ワシントンD.C.)から生中継いたします!

NASAの公式発表によると、この宇宙生物学的発見は
今後の地球外生命体の探査に大きく影響を及ぼすことが予想されるとのこと。

研究者達のみならず、世界中の人々を魅了し続ける「地球外生命体」・・・

この記者会見ではどんな発表が?
地球外には本当に生命体が存在するのか?
NASAの会見にご注目ください!

◆記者会見の出演者
 マリー・ヴォイテク(NASA本部宇宙生物学部ディレクター)
 フェリーサ・ヴォルフサイモン(NASA宇宙生物学研究員)
 パメラ・コンラッド(NASAゴダード宇宙飛行センター・宇宙生物学者)
 スチーブン・ベナー(応用分子進化財団法人特別研究員)
 ジェームス・エルサー(アリゾナ州立大学教授)

◆宇宙生物学とは
宇宙生物を含め、ありとあらゆる生命体を研究対象としています。
宇宙全体の生命がどのように生まれ、今後どう進化していくのか、を探求する学問です。


NASA link:
http://www.nasa.gov/home/hqnews/2010/nov/HQ_M10-167_Astrobiology.html
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by djsinx | 2010-12-02 23:09 | News