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インド旅情報 デリー(ないけどw)

リシュケシュからデリーへ

リシュケシュのメインバスステーションからデリーまでローカルバスで135Rs。頻繁に便はあるので行けば何とかなる。もし手近なものがなければハリドワールまで行けば15分に一本ほど出ているらしいので心配は要らない。バスはデリーのスリナガルゲート付近のバスステーションに到着する。ニューデリー駅までは地下鉄が8Rsと安くて便利だが、ラッシュアワーの時間に当たると東京並みの混雑なので非常に大変。


デリー情報

通り過ぎただけなので特に情報はない。パハールガンジには宿はたくさんあるので問題はなさそう。探さないとはずれも多いようだ。値段はさすがに高め。レストランはホテルのルーフトップにあるケースが多い。のんびりできる場所を探すなら当たってみるとよいかもしれない。休めの食堂も屋台も多い。メインバザールの商品はなかなか値引きが大変らしい。
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by djsinx | 2009-10-31 19:11 | 旅情報

I don't say good bye.


1030

ピクニックに一緒に行ったウクライナ人の女の子がこの日出発。先の旅のルートが似ているので

「さよならは言わないわ。きっとヴァラナシかネパールで会いましょう」

と笑顔で旅立って行った。明日はいよいよ我々も移動。「Time to Go」という言い方をよく聞くけれど
まさにそんな感じだ。明確な理由というよりは動くときだなという予感みたいなもの。旅人は
みんなこれを知っている。ラジャスタンに向かおうと思っていたがハイシーズンのためハリドワール
からの直通列車は一週間ほど先まで満席だというのでまずはバスでデリーに向かうことに決める。
デリーに在住の友人に連絡を取り、宿を聞く。リシュケシュからは6時間で到着だという。
驚くべき近さだ。

夕方には2ヶ月間通っていたマサラドーサ屋に最後の食事をしに行き、また来るねと挨拶する。
帰って地獄のパッキング。沈没後の移動の最初の頭痛の種はなんと言ってもこれに尽きる。
どうがんばっても入らなそうな荷物をなだめすかしながら詰め込んでいく。要らないものは惜しみなく
人にあげたり置いていったりする。持てない荷物は持てない。シンプルだけど確実な、フィジカルな
真理だ。無理をすると体も壊すし動きが鈍くなって泥棒のいいカモになる。
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by djsinx | 2009-10-31 15:30 | 旅の記録

いよいよ旅立つ

2ヶ月間という長い期間滞在したリシュケシュをいよいよ離れる。
なぜここにこんなにも長い期間いてしまったのか?居心地が
よかったと一言で言えば言えてしまうだろう。

ただ、そこの中に存在しているよいものの核心みたいなものを
ずっと感じていたし、それは自分たちがこの先作り上げていこうと
しているものの核ともなるものかもしれない。

2ヶ月かけて自分の身に染み込ませたこの空気というものは
とても大切なものだ。


いよいよ明日はデリーに上陸する。インドに来たときは経由だけで
レーに飛んでしまったから初めてこの街を歩く。バビロンの
ど真ん中、一気に変わるこの環境。ちょっと不安もありつつ楽しみだ。
その後はラジャスタン。砂漠へ。
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by djsinx | 2009-10-30 19:05 | 旅の記録

Happy Birthday


1029

この日の夕方に出発予定だった日本人カップルの彼氏さんが誕生日だったので、宿で仲の
よかった泊り客でお祝いをすることにした。昨日に続き盛りだくさんで楽しい。こういうのは
みんなでわいわい盛り上がって遊ぶに限る。街のジャーマンベーカリーの一つにケーキを
注文する。名物のアップルクランブルにした。宿に帰るとみんなフルーツやスナックを持ち寄って
くれていた。2時から開始ね!と伝えてこちらもサラダの準備に入る。なんとヤクチーズまで
登場していた。お昼過ぎからゆっくり準備して出来も万端。

2時過ぎに満を持してキャンドルをケーキに刺してハッピーバースデー!!

その後はフルーツ、サラダサンド、スナック、あれやこれや等が入り乱れて食べまくり天国。
フルーツは量が多すぎて食べきれないほど。りんごにバナナ、スイカ、パパイヤ、オレンジ。
出し忘れたチーズをクラッカーと一緒に出したら一瞬で食べつくすほどの食欲。さすがみんな。
そりゃそうだよねって感じではあるけれど。

目いっぱい楽しんでから、それとなく引き止める居残り組みを振り切って二人は同宿のイタリア人と
一緒にヴァラナシへと去って行った。次に会えるのはどこになるのだろうか?それを考えるのも
旅の楽しさ。
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by djsinx | 2009-10-30 15:28 | 旅の記録

水曜の午後のピクニック

1028

同じ宿の日本人、ウクライナ人の友達とピクニックに出かけた。総勢6人。
リシュケシュにはゴアビーチと呼ばれる、ゴアのいくつも並んだビーチを
思わせるようなガンガーのビーチが、ラクシュマンジュラの上流に大きなもの
から小さなものまでたくさん並んでいる。お弁当やおやつをたくさん用意して
その一つでゆっくりしようというのが今日の目的だ。水曜の午後のピクニック。

朝からサラダを仕込み、持ち寄ったフルーツ、スナック、パンをみんなで
手分けして運ぶことにする。シート用のござや布も大切だ。ゴームクの杖を
猿除けのためにと念を入れて持って行くことにする。

「とりあえずこれは持って行こう」

は最強の生存フラグとされているが、実はこの選択が後で重要な意味を持つ。

歩き始めて森に入ると早速猿がぽつぽつと道にいるのを見る。食物はちゃんと
隠しているけれど気持ちのいいものではない。引っ掻かれたら一撃で病院送り。
1ヵ月間に渡り、毎週狂犬病の予防注射を受けなければ死ぬ可能性があるためだ。

猿のいるエリアを抜けて静かになった辺りで友人が下りの踏み分け道を見つける。
獣道というか、雨の流れた後なのか、何とか歩けるところをがんばって歩いて下りる。
50m程急で崩れやすい斜面を下りると目の前が開けてビーチになる。小さいけれど
とてもいい雰囲気だ。ガンガーがヒマラヤから運んで置いていった砂だ。はるかな昔、
ヒマラヤ山脈が海底だったことを思い出させるような細かくて気持ちのいい砂だ。
今は水位が減っているのでずいぶんビーチは高さがあって、斜めになっている部分は
蟻地獄のように崩れやすい。特に危険でもないのでいい遊び場である。

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ガンガーは冷たいけれど気持ちがいい。日陰だったので泳ぐにはちょっと寒くて
浜辺で膝まで浸かって遊ぶ。お腹がすいたらスナックとフルーツを食べればいい。
気温も天気も最高。美しいガンガーに頭上の山と森。友達と喋りながらピクニック。
向かいの山々は気持ちよさそうに深呼吸をしていて、川面の模様はさざめきながら
山の美しい色彩をゆらゆらと写し続けていた。この時間が永遠に続けばいい、
誰もがそう思っていた。


そして、そんな時にやつらが現れた。


まずは一匹だった。背後の森ががさがさと動いたと思ったら背後のすぐ近くに
雄猿が突然現れた。手元に置いておいたゴームクの杖を振りかざして猿に立ち向かう。
猿はすぐには逃げない。歯を剥き出して威嚇してくる。だがもちろんここでひるめば
必ず猿は襲い掛かってくる。ヴァラナシで充分経験済だ。目を決して逸らさず、むしろ
強く睨み付ける。当然殺すつもりだ。本気でそう自分で思っていないとこちらの威嚇は
成功しない。中途半端に興奮させるのは最悪の結果を招く。

相手が視線を外したり少しでも位置を動かしたらこちらは一歩足を出す。もちろん視線は
外さないし、威嚇してきても気にしない。ただ、相手の間合いに入らないように最新の
注意を払う。杖一本ではなかなか実際の取っ組み合いは難儀だ。横をすり抜けてみんなの
方に行かないように慎重に位置を取る。ラインの中に必ず入るようにする。相手にそれを
伝えるためだ。「お前が何を狙っているか知っている、そうはさせないぞ。」と。

相変わらずいい天気だ。戦っている自分のためにみんなサンドイッチを作ってくれたり
スナックやフルーツを渡してくれたりする。おいしい。やっぱりガンガー沿いで食べるのは
いいものだ。たまに川の上をラフティングの観光客たちが歓声を上げながら流れていく。
のんきなものだ。こっちは防戦一方なのに。

そして二匹目が現れた。さっきの雄とは仲間ではないようだ。お互い威嚇しあっている。
これはいい兆候だ。同じ群れで連携を取られたら厄介なことになる。結局二匹は我々を
はさんで川の上流側と下流側に位置取った。挟み撃ち?充分厄介だ。版の両側から
ナイトとビショップで攻められている感じだ。

ゆっくりとした時間は過ぎてゆき、大量に作ったサラダがサラダサンドイッチとしてみんなの
胃袋に消えた頃、三匹目の猿が姿を現した。それも背後の森の木の合間から突然に。
若い雄だったので威嚇するとすぐに引っ込んだが、森の中がどうにも騒々しい。
群れに囲まれている可能性が高い。その時みんなふとあることに気がついた。なんと
我々が座っていた真ん中に美しい黄色に熟したバナナの房がどんと置いてあったのだ。
これはよろしくない。猿の大好物といえばバナナ、そんなこと幼稚園児だってみんな
知っている。第三新東京市に使途がわらわら集まってくるのと一緒だ。

事の重大さに気がついた我々は即刻撤収を開始した。自分ともう1人の男子で周りを固め、
猿をできるだけ遠ざける。その間に女子に荷物を片付けてもらった。片付いたらすぐに
獣道を登る。自分がしんがりを勤め、隊列が伸びて横から襲撃されるのを防ぐために
固まって歩くようにする。猿の声だけが聞こえ続けているけれど姿は近くには見えない。

もうじき道路に到着する。その時先に登っていた誰かが悲鳴を上げた。そして自分たちの
前に生ゴミの入ったビニール袋が投げ捨てられ、何匹もの猿がそれに向かって突進してきた。
慌てて友人を守りながら杖を構えて防御したが足場がよくない。よろけかけていたところ、
ビニール袋は斜面に転がり落ち、猿もそれを追って下りていった。その隙に道路に駆け上がり
残っていた猿を追い払う。

大きなボス猿が残っていたので道の端によって視線を合わせながら退く。しばらくボス猿は
後を付いてきたが、やがて他の猿と喧嘩を始めたのでその隙に距離をとってなんとか退却に
成功した。本当にやれやれだ。ビニール袋を狙われて捨てたのは分かるけれど人のいる方に
投げることはないと思う。

その後はとくに猿に襲われることはなかった。帰り道はちょうど夕焼けに染まっていて、
街の入り口の森の切れ目から夕日が沈むのがとても美しく見えた。こんな冒険の日の夕方に
ふさわしいじっくりと染め上げるような太陽の色だった。

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そこからすぐ、宿に着くちょっと手前で犬が何かを食べていた。どうやら肉だ。基本的に食事が
ベジタリアンのリシュケシュでは珍しい。何かの手のようだ。毛が生えていたのでよく見ると
それは猿だった。友達の一人が同じ日に猿が死んでいたのを見ていたので間違いなさそうだ。
さっきまで我々の食事を狙って襲い掛かってきた猿がここではご馳走として犬に食われている。
生と死、食うものと食われるもの、それは簡単に入れ替わる。生態系が正常に機能しているだけ
なのかも知れない。でもその光景はとても私の印象に残った。
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by djsinx | 2009-10-29 15:13 | 旅の記録

リシュケシュも冷えていく

インドの北部、山間の旅人たちはそろそろいい加減に南に下ることを
考えなくてはならなくなる。日に日に夜の気温が下がり、日没の時間が
早くなる。風も冷たくなり、夜中いっぱい吹き荒れることもある。

ラダックはもう陸路は閉まり、マナリも店はゴアに移動を始めているらしい。
この辺でここより寒くて旅人がいるのはパールバティバレーとダラムサラ
辺りくらいだろうか?リシュケシュの旅人たちも南に向けて移動を
始めた。ヴァラナシ、ラジャスタン、そしてゴア。

我々もデリー経由でラジャスタンに向かう。ラジャスタンはハイシーズンが
始まっているからハリドワールからの直通はいっぱいだということだからだ。
デリーでも友人に会えるかもしれない。それがあの街に降り立つにおいて
唯一の救い?もっと楽しいことを祈るけどなぁ。。

ラジャスタンはどうなることやら?キャメルフェアの終了を待ってプシュカルに
入るかな?もうちょっと後になるかな。。プシュカルに長居している友達も
いるはずなので会えたらいいなぁ。その後はヴァラナシに寄ってから
ネパールへ。ビザが延長できる見込みができてきたのでちょっとほっとする。
もちろんまだまだ分からないけど。ヴァラナシにはものすごく長居している
友達や、リシュケシュから向かった友達もいるはずなのでどうなるだろう?
ビザぎりぎりまでいてしまいそうなwそうなるだろうなぁ。。

リシュケシュはいい感じです。前も今も、きっとこの先も。
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by djsinx | 2009-10-28 00:03 | 旅の記録

別に貼り付けていたわけではない

Potheadの頭にそんなものが貼りついているのはとっても面白いけれど、
彼はそういうギャグをやりたくてそんなのを貼り付けていたのではないでしょう。

自分の野球帽の中を覗き込んでいた彼の胸中は、「どこいったんだろう、
俺のマリファナ入りのビニール袋。。」だったに違いない。そんな風になっちゃってる
時点で常用しすぎなんでしょうけれど。

--以下引用--

マリファナ入りのビニール袋を額に貼り付けていた男、逮捕される | Excite エキサイト

[米ペンシルバニア州レバノン 16日 AP] マリファナ入りのビニール袋を額に貼り付けた、文字通りpothead(マリファナ常用者)の男が逮捕された。土曜日の早朝、レバノンのコンビニ店内で自分の野球帽の中をのぞき込んでいるシーザー・ロペス(23)を警察官が目撃したが、いざロペスが顔を上げたところ、そのおでこにマリファナが入っていると思われるビニール袋が貼り付いていたという。

警察官が調べたところ、袋の中身はまさしくマリファナ。このためロペスは麻薬所持で現行犯逮捕された。また、野球帽に付いている汗止めバンドは、麻薬の隠し場所としてよく利用されるという。
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by djsinx | 2009-10-21 20:19 | News

オバマ大統領のノーベル平和賞のこと

Excite エキサイト : 国際ニュース

恐らくオバマ大統領のノーベル平和賞受賞はアメリカ的にはやはり結構微妙だったようだ。恐らく「大義に弾みをつける手段として」というのはまさにその通りなのだろう。これは未来に対して与えられた賞だ。そしてオバマはその未来に対して大きな責任を追うことになる。そしてまさにそのことによって彼は新たな光を身に纏う。それは威光ともなれば自らの動きを縛る重い枷ともなる。聖なる両刃の剣とでも言えるだろうか?

オバマにできることは実行することのみだ。そして人々は、彼の最終的に目指す世界に共感するのなら、常に批判的にその「実行」を検討しながらもサポートしていくことだ。彼をこき下ろして引き摺り下ろそうとするものは自らの目指す世界を示してみるがいい。展望を持たず目先のスキャンダルに右往左往するのは愚民でしかない。

ゴア氏の賞賛などはもちろんのことだろうが、マケイン氏が公的に祝した辺りは面白いと感じる。ちょっと人物に興味を覚えるところだ。共感するものがあるのか、それとも何らかのポーズなのか。

どの道オバマ大統領の示す道は美しいが厳しい。でもそこは常に忘れられてはならない場所だ。理想的に過ぎるきらいがあると人は言うのかもしれないが、そのヴィジョンがあるからこそぶれずにいることができるのだ。

 我々は核の恐怖の中で生きることはできない。だから私たちは核兵器なき世界を目指す具体的な措置を開始した。すべての国は核利用の意図が平和目的であることを明示しなければならない。

 気候変動がもたらす脅威も容認できない。我々はエネルギーの使い方を変えなければならない。人種や宗教が異なる人々との新たな関係を築かねばならない。イスラエルとパレスチナの人々が平和に生きる権利を認識しなければならない。

 すべての人が教育を受け、疫病や暴力などの恐怖のない、まっとうな生活ができるようにすべきだ。





 【ワシントン草野和彦、小松健一】オバマ米大統領の09年ノーベル平和賞受賞が決まった9日、米国内の雰囲気は祝賀ムードにほど遠く、驚きと戸惑い、さらには批判の声さえも聞かれた。最大の理由は、米国民が喜びを共有できる「実績」が大統領にないためだ。「戦時大統領」への「平和賞」というイメージのギャップも大きく、支持層のリベラル派までが祝福を控えた。

 大統領の受賞声明を受けて始まったホワイトハウスの定例記者会見。「おめでとう」の言葉もなく始まった質疑応答では、容赦のない質問が相次いだ。

 「期待ばかりで、何も結果がないという認識を助長しないか」「冷戦終結に導いたレーガン(元大統領)は受賞しなかったが」。ギブス大統領報道官は困った様子で、「私はノーベル賞委員会のメンバーではない」と答えるしかなかった。

 折しも政権内では、アフガニスタンへの米軍増派を巡る議論が進行中。「大統領は受賞の辞退を考えたか」との質問も出て、報道官は「私が知る限りでは、ない」と突っぱねた。

 ホワイトハウス前はいつも通り、観光客でにぎわった。「オバマ・サポーター」の白人男性ローゼルさんは、「正直に言うと、『なぜ?』だね」。白人女性シェレンさんは、訪米中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世のセミナーに参加した帰りで「ダライ・ラマは真の平和活動家。オバマが自分の発言を実行するよう期待しているわ」と淡々と話した。

 ノーベル賞委員会は大統領の「核兵器のない世界」へ向けた理想と行動を重視した。

 だが、反戦・核軍縮の米最大規模の団体「ピース・アクション」の声明は、アフガン増派を検討するさなかの受賞を「皮肉なことだ」と指摘。「核兵器のない世界」についても、「平和賞に値する業績がない」とし、「平和を推進する力」を示すように求めた。

 共和党や保守層はより辛らつだ。黒人で共和党全国委員会のスティール委員長は声明を発表。「確かなことは、大統領は雇用創出、財政責任などで、米国民からいかなる賞も得られないことだ」と皮肉った。保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」はニュースメールで、「ノーベル賞は、米国の内政に横やりを入れ、政治論争の種をまいている」として、ノーベル賞委員会に批判の矛先を向けた。

 こうした中、援護者は過去の同賞受賞者ら。カーター元大統領(02年受賞)は「大統領のビジョンと決意を世界が支持するとの力強い意思表示だ」と評価。ゴア元副大統領(07年受賞)も「大統領が既に成し遂げたことが、歴史的観点から高く評価された」と絶賛した。

 また大統領の核戦略に影響を与えた一人、ナン元上院軍事委員長は「(核軍縮・不拡散への)地球規模の焦点と議論を再形成した」と喜んだ。昨年の大統領選を戦った共和党のマケイン上院議員は、CNNテレビで「驚いたが、我々は米国民として大統領が誉れ高い賞を得たことを誇りに思う」と祝した。




 ◇オバマ米大統領の声明要旨

 【北米総局】オバマ米大統領の声明要旨は次の通り。

 ノーベル賞委員会の決定に驚き、深く謙虚な気持ちで受けとめている。これは私自身が成し遂げたこととは思っていない。すべての国の人々の願望を代表して米国の指導力が肯定されたものとして受けるのだ。ノーベル賞の歴史を見ると、受賞が特別な業績にだけでなく、大義に弾みをつける手段として用いられたこともある。だから、この受賞を行動を呼び掛けるものとして受け入れる。すべての国に21世紀の共通する挑戦に直面することを求めるものだ。

 我々は核の恐怖の中で生きることはできない。だから私たちは核兵器なき世界を目指す具体的な措置を開始した。すべての国は核利用の意図が平和目的であることを明示しなければならない。

 気候変動がもたらす脅威も容認できない。我々はエネルギーの使い方を変えなければならない。人種や宗教が異なる人々との新たな関係を築かねばならない。イスラエルとパレスチナの人々が平和に生きる権利を認識しなければならない。

 すべての人が教育を受け、疫病や暴力などの恐怖のない、まっとうな生活ができるようにすべきだ。

 すべての問題が私の任期中に解決できるわけではない。だが、一人の人間や一つの国だけで解決できないと分かっていれば、これらの問題は解決できる。この賞はすべての人々が分かち合うべきだ。
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by djsinx | 2009-10-10 22:42 | News

ゴームクをめぐる冒険 後日談

1005

行きつけのリシュケシュのダバでサンディーと再会する。彼もゴームク巡礼を
終えてリシュケシュに戻ってきているのだという。対岸のラスタカフェにいて
相当フルパワーな毎日を楽しんでいるようだ。ガングナーニーも寄って温泉も
しっかり満喫していたという。

しかもどうやら彼も俺と同じようにゴームクトレッキングの前に足を怪我して
いたということ。さらに今日また同じところを打ってしまったということだ。
なんというか、同レベルであることに意味なくアガる。

この日も意味なくハイテンションなのはいつも通りだ。この後はデリーの自分の
家に戻るのだという。話を聞いていると結構バラモンの放蕩息子という
気がしてきた。なんとも憎めなくていいやつである。

月曜日はシヴァの日だから基本は断食にすることにしているらしいのだが
お腹が空きすぎて今日は断念したというが、ゆるゆるな顔でサブジと
チャパティ2枚お代わりされながらそんな話をされたって説得力など
まるでない。やっぱりいいやつだ。

「後で遊びにおいでよ~!」

と変わらないテンションでお代わりを平らげていた。
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by djsinx | 2009-10-06 22:13 | 旅の記録

人間を人間として扱わなくなったから

20世紀は社会主義の実験の場だったなんて言い方をされるけれど
今目の前にあるこの21世紀に試されているのは資本主義なんだと思う。

資本主義が高度に集約されていった挙句に何が起こっているのか。それを
我々は今問われ始めている。資本家の利益を最優先に考えるこの社会で
人間はどのように扱われているのか。企業利益を上げるためにどれだけの
人間の生活が踏みにじられているのだろうか?世界の紛争が利権によって
コントロールされているという陰謀説は常にまことしやかに囁かれるが、
結果として誰かが得をしているのは間違いない。そしてその得というものは
結局どこにも還元されない。飢え死にしている人がいる世界で「カネ余り」
なんて現象が起こっているのはまさに三問喜劇だ。体に酸素と栄養が
行き渡らなくて壊死しかけているのに脳みそだけが自分だけさらにそれを
独り占めしようとしている。

日本も同じ船にどっかりと乗っている。企業が、資本家が社会に対して
責任を持たず、自らの利益だけを高度に追求すれば社会全体としては
必ず齟齬が生じる。企業の利益と社会全体の幸福は一致しないからだ。
それが調整可能な域を超えているのが現在の状況ではないか。企業が
企業利益のお題目だけを並べていて国民はそれが企業のためのもので
労働者のものでないことを理解していない。もしくは仕方のないもので
あると「納得」さえしてみせている。

いったい企業と労働者の和解なんて永遠の幻想でしかないのにこの国では
いつの間に理想的な関係が築かれていたのだろうか?所詮はこれは
家畜の安楽でしかない。自分の生活が苦しいのは自分の責任。お上の
せいではございません。もっとまじめに努力して認められればいいだけのこと。
たぶんみんなそんな風に考えている。待遇は主張するものではなくて
上のものから与えられるものであると。個人的には武士道は王道ではなく
家来道だ。いかによい家来になって主君に仕えるか。そんな土壌があるから
不遇を耐え抜いて与えられたものに満足する気質が生まれたのではないか?

そこに誇りがなくなった時、それは終わりのない忍従の日々となる。報われず、
ごみのように捨てられて、それでも耐えて耐え抜く。美しいと思うのか?
そんなものを。それでいいのか?人生を生きるっていうことは。


--以下引用--

Excite エキサイト : 経済ニュース

<亀井金融担当相>「家族間の殺人事件増加」で経団連を批判
 亀井静香金融・郵政担当相は5日、東京都内で行われた講演会で、「日本で家族間の殺人事件が増えているのは、(大企業が)日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」と述べ、日本経団連の御手洗冨士夫会長に「そのことに責任を感じなさい」と言ったというエピソードを紹介した。御手洗会長は「私どもの責任ですか」と答えたという。

 会員制情報誌「内外ニュース」主催の講演会で述べた。亀井担当相は御手洗会長との会談時期については明らかにしなかったが、関係者によると、8月の衆院選前とみられる。

 亀井担当相は講演で「昔の大企業は苦しい時に内部留保を取り崩して下請けや孫請けに回した。今はリストラだけをしている」と話し、昨秋以降の経済危機で、派遣契約解除などをした大企業の批判を展開。「(大企業が)小泉改革に便乗して日本型経営を捨てたことが社会をおかしくした。責任を感じなければだめだ」と企業の経営姿勢や経団連を批判した。【井出晋平】
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by djsinx | 2009-10-06 00:55 | News