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Alchiへ

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目が覚めてどう考えてもすぐにバス停に行って西の村に向かうのは無理だと二人で結論付ける。この日は一日ゆっくりすることに。


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Lamayuruへのバスに乗るべく朝一に宿を出てバス乗り場に向かう。途中空いていたのでATMでお金を降ろす。こういうタイミングで降ろしておかないと結構大変だ。バス乗り場に到着して話を聞くとLamayuru行きのバスは既に出発してしまったという。仕方なくその日の行き先を変更し、有名なゴンパのあるAlchiに向かうことにする。

乗り込んだバスはすぐに出発し、ヴィパッサナー瞑想を行った瞑想所と同じ方向に道を進む。やがて道の周りは基地だらけになり、その後田園風景が現れ、そして岩と砂の荒野へと変わる。インダス川がその風景の向こうを遠くなり近くなりながら流れている。

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1時間と少し走った後にNimmuという村で朝食の時間となる。基地の近くの街道沿いに食堂や商店が並び、行きかうバスやツアージープ、乗用車が車を停めては食事を取っている。混んでいる店を狙って入ってみるとチャパティを揚げたプーリーとカレーで朝ごはんにしている人が大勢いる。指を刺して同じものを注文する。カレーは香ばしいチャナマサラでプーリーにとてもよく合う。ぺろっと平らげてチャイを飲む。さらにお土産にサモサも買ってしまった。

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昼の強い日差しの中をさらに西へと進む。風景はさらに広漠とし、巨大な山並みの中を縫うように進む。その途中に突然はっとするほど美しい緑色の木々と畑に覆われた村が現れる。


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そんな光景を繰り返しているうちに突然インダス川が再びヒマラヤの向こうから姿を見せる。レーのそばで見たものとは全く違う、灰色ににごって荒れ狂う濁流だった。その光景に驚いていると再び緑色の美しい村が現れる。Saspolだった。ここでどうやらバスに不具合があったらしくしばらく修理屋の前でタイヤをいじったりしている。何となくみんなのんびりした雰囲気になって結局1時間ほど経って出発。村を通り抜けた所にインダス川にかかる橋があり、そこで下りるように指示された。確かに看板にAlchiは橋の向こうだと書いてある。4kmだと言われてその方向を見てもインダスの先に見えるのは地肌剥き出しの山と荒野だけ。とても面白い。

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歩き始めると日差しが相当強烈なことに気付く。当然だ。晴れ渡った空気は澄み渡っていてそもそも薄いし、辺りには遮るものは何もない。汗はあっという間に乾いて喉はからからになる。それでも点在するストゥーパを横目に踏み分け道を歩くとずいぶん近道ができた。丘を登ると大きな学校がぽつんと立っていて村に入る門が見える。不思議な英語にややウケしつつ村を目指す。いくつかの建物とストゥーパが見えてその先には美しい麦畑が広がる。

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村の人に聞くとゴンパへの道はすぐに分かった。村の中心を抜ける道を真っ直ぐ歩く。時折ゲストハウスの看板があり、大きめのテントが設営されている場所もあった。ツアー客と思しき欧米人やインド人が時折レストランで食卓を囲んでいた。

やがてバイクとジープでいっぱいになったバス停に到着する。商店やレストラン、ゲストハウスもそれなりにある。ゴンパが昼休みの時間だったので食事を取って休憩にする。

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ここのゴンパは建物内の撮影はできない。1000年前にカシミール地方から大勢の絵師を集めて描かれた壁画はチベット美術の至宝と呼ばれているほどで、その精密さと躍動感は他のゴンパの壁画とは一線を画す。アラビックな幾何学模様、西方を感じさせる衣装や顔立ちは見ていて飽きず、ほんの小さなくぼみの女神の姿にすら他とは違う装飾が施されている。

特に曼荼羅の間は動けなくなるほどの衝撃だった。左右の壁一面に描かれた巨大な曼荼羅の数々。静まり返った部屋の中でさらに静かな力を放っていた。


じっくりとゴンパを堪能して外に出る。どうやらここは僧院などはなく、そういう意味では遺跡に近いのかもしれない。中であったのも入り口の管理をしている数人の僧侶だけだった。

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バスはもうないというので当初目的地と考えていたLikirまで歩くことにする。インダス川の橋まで長い距離をもう一度歩き、そこからメイン通りをSaspolへと向かう。村の中ほどまで来て何人かにLikirの場所のことを聞いてみるとみんな一様に不思議な顔をする。地図上ではすぐだったのでなぜだろうと思いつつ村のはずれまで歩く。昼間にメンテナンスをしたところも越える。

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だが、その先はすぐに人の歩くような道ではなくなってしまう。ひたすら自動車道路のような感じだ。もしかして遠いのかもしれないと思って道行く車を停めて聞いてみると歩いたら2時間かかってしまうと言われる。結構歩いていて疲れていたし、夕暮れも近かったのでその日は諦めてSaspolの宿に泊まることに。

戻って最初に見つけたAlchi View Guest Houseという看板の建物に飛び込み、部屋の有無を聞いてみるとあるというので即決。バケツのお湯を頼んで寒くなる前に体を洗ってすっきりする。ここはGuest Houseと言いながら半分ホームステイのような雰囲気で、晩ご飯は家族の食事に同席させていただく。野菜の炒め物とご飯とチャパティ。とても美味しい。ツァンパもご馳走になった。普段はチャンディガルで寄宿生の学校で勉強をしている娘が休みで戻ってきているとかで家族和気藹々と言った雰囲気。翌日Saspolにある岩窟の壁画を娘さんが案内してくれるという。
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by djsinx | 2009-06-30 19:04 | 旅の記録

Spituk&Pharkaへ

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この日は近場のSpitukに行こうと思っていたので出発を遅めにしていた。お昼ご飯を食べてからバスステーションへ。

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14時にお昼休みが終わるのでそこを狙って行くことに。近郊なのですぐにバスは見つかり、いつものようにお客を満載にして出発。さらに辺りの道でローカルの人やら軍人やらを拾っては載せていく。そのまま15分程で到着。飛行場の隣の岩山が丸ごとゴンパになっている感じだ。荒野の中の坂を登って入り口に向かう。入り口にはずいぶん古いが日本語で書かれた看板もある。

最上階まで一旦登るとそこにはお堂とターラー女神の像がたくさん飾られた部屋がある。ここを見ていると楽器の音が聞こえてくる。お坊さんに下でお祈りをしているから行ってみるといいと言われてそちらに向かう。少し階段を下ったお堂の前でたくさんのお坊さんが楽器を演奏したりお経を唱えたりしている。しばらく見ていると階段を登ってきて他のお堂に向かっていった。

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岩山の頂上の部分には他の部分よりも古い時代に建てられたお堂がある。ここは写真撮影禁止。壁画や建物そのものの雰囲気も違う。一番最初にここに建てようと考えるのは本当にすごい決断だったと思う。でも、それこそがチベットの仏教のあり方なのだろうか。

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ゴンパなのにこんな絵も

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まだ終バスの時間には間があったのでインダス川まで散歩してみることにする。ゴンパの上から川に続いている道が見えたからだ。曲がりくねった階段を降りてゴンパの反対側に出て、未舗装の道を歩く。すぐに民家は途切れ、畑と林が続く。さすがに川の間近は緑が豊かで美しい。10分ほど歩くとインダス川の流れに行き当たる。そこで景色を見ているとさっきの儀式のような太鼓と管楽器の音がどこか遠くから響いてくる。気になったのでそちらに歩いてみる。どこかで別のお祈りをしているのか、それとも練習なのか?途切れ途切れに、でもはっきりと音は聞こえる。インダス川にかかるしっかりとした橋を渡り、対岸の広い田園を見ながら歩くがまだ音は先だ。帰ろうかと思った矢先に再びはっきりと音が聞こえる。

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勘を頼りに音の方向に歩くと車とバイクが何台か停まっている。そこまで行くと芝生の広場のような場所に大きなテントが張られ、手に何かを持った男達が数人踊っているのが見える。全員ローカルのようだ。そこから出てきた若い男の子達に挨拶をするとお祭をやっているのでよかったら入っていくといいとのことだった。

見ているとどうやらアーチェリーの大会のようだった。竹を使って作られたシンプルな弓と矢を使って的に向かって射ている。中に入っていくと英語の分かる今風な格好の兄ちゃんがよく来たねと歓迎してくれて席に案内してくれた。

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どうやらこのお祭は魔を祓う意味を持つようで、一年に一度、この週末の二日間だけ行われるらしい。男達が自前の弓と矢で的を射て、見事的の中心の石を射抜いたら賞金があるようだ。塩入りのバター茶とお手製のチャンという名前の麦から作ったお酒を振舞っていただいた。このチャンはこうした祝い事の時のために各家庭で作られていて、皆に振舞われるものらしい。

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射的が一段落つくと太鼓とホーンの楽団が音楽を奏で、地元の踊りが披露される。シンガポール寺の時に見たようなゆっくりとした踊りだ。民族衣装を着た女性達が布を手に一歩一歩ゆっくりと足を運び、手の指は揃ってきれいな印を結んでいる。

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そして次の射的が終わると男達の踊り。同じように布をもちながらゆっくりと踊る。こちらの方が少しダイナミックな感じ。例の今風な兄ちゃんもノリノリで踊る。盛り上げるのが大好きなようだ。どうやらこれをお昼から夕暮れまで繰り返しながら村人が集まって楽しむとのこと。兄ちゃんは射的で見事に的を射抜き、賞金を手に入れて大喜びだった。

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そして弓と帽子を持って的の周りを巡る別の踊りが始まる。なんともハッピーである。大人も子供も童心そのままで空の下で楽しんでいる。

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終バスはとっくになくなり、さすがに夕焼けがきれいになってきたのでレーに戻ることにした。兄ちゃんは空いているペットボトルいっぱいにチャンを入れてくれてお土産だからと渡してくれた。別れの挨拶をしてインダス川を再び渡り、街道沿いへ。意を決めて歩き始めると程なく一台のトラックが道端に停まって乗って行けと言ってくれる。英語は一切喋れないローカルの運転手だった。身振り手振りで招いてくれて乗り込むと言葉少なに走り始める。その時間は10分弱、トラックの停まるメンテナンスエリアで降ろしてくれた。

そこから街へは少々歩く。暗くなり始めた頃にようやく見慣れたエリアに到着し、晩ご飯を食べて一休みしてからChangspa Rdを頂上まで向けて歩き始めた。
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by djsinx | 2009-06-28 18:41 | 旅の記録

Tiksey&Shey訪問

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前日寝たのが2時を回っていたのもあって、起きたらずいぶんいい時間。この日は休みにして翌日からゴンパ巡りをする算段をする。ローカルバスで動くことに決定。ツアーもいいけどローカルの雰囲気を味わうのは何にも増して楽しいものだ。不便さを楽しめたら旅は格段に彩り豊かになる。



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ローカルバスステーションに歩いて下る。長いこといたけれどこの辺りまではちゃんと来たことはなかった。ローカルのマーケットが広がり、日用品や衣料を売る店が並ぶ。ゲートの隣の階段を降りるとバスステーションが見える。さすがにラダックの中心となるバスステーションだけあってかなり広い。何人かに話を聞くとティクセィ行きのバスの場所を教えてもらえる。その辺りをうろうろしていると「シェイ、ティクセィ!」と叫んでいる車掌と思しき男の子を発見。どうやらこれでいいようだ。

小さなバスはローカルを満載して発車。街路でも次々と客を乗せる。先日のPangong Lakeと同じ方向に向かう。

30分程度でTikseyに到着。目の前にそれっぽい道があったので歩いていくとゴンパの下に。

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階段を見つけて何とか登っていくが、有名なゴンパのはずなのに人の気配がない。どう歩けばよいのかもよく分かっていなかったのでひたすら上を目指す。最上階に近いくらいまで登ってきて、ある門をくぐるといきなり床がきれいに舗装されていて、観光客がたくさん歩いている。どうやら間違った道を登ってきてしまっていたようだ。でもどうやら正しい場所に出られたようで、お堂を巡る。

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ここはお堂の一つ一つに迫力がある。守護者達の部屋、経典の図書館、そして女人禁制の部屋もあったりする。下りがけに新しく建立されたという大仏様を見る。日本のものと違って極彩色だがとても美しい。後何十年、何百年経った時には「20世紀に新たに作られた大仏」として他の部屋とも馴染んでいくのだろう。生きている仏教、そして信仰の現場。いつも新しい刺激を与えてくれる。

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昼休みの時間が近づいていたのでそのまま博物館へ。Hemisよりも狭いが昔の僧侶やラダック地方の様々な物品が並び、貴重ではないのかと思われるほど古い仏像なども展示されていた。こうした光景が普段の街中の雑踏と自然にリンクしている。これらの古い時代の息づかいが姿を変えながらも生き続けているのをラダックには強く感じる。

昼食を食べてメイン通りまで歩き、そこでバスを待つ。予定の時間を過ぎて、待ち続けるのも面倒になったのでSheyへ向かって歩き出すとすぐに後ろから来たので停めて乗る。

Sheyのパレスの入り口の前は魚のいる池になっていて観光客が餌を投げている。魚はこの地方では幸運のシンボルの一つだ。Holy Pondとなっていて、恐らく縁起物なのだろう。通りの前の坂を登るとすぐに入り口になる。ここはパレスと呼ばれているがゴンパも併設されているためTikseyと似た感じ。上に登るとお堂があって、ここの壁画は美しい。怒りの表情のサラスヴァティは今まで見たことがないくらい凶悪だった。見れるところは実は少なく、廃墟になっているさらに上部の城壁の回りは近づくのもちょっと大変。正式な道もなさそうなので降りることにする。

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土産物屋に群がるインド人観光客を見ながらバスを待つ。チベットの秘薬のような雰囲気で漢方薬のような物を売っていた。結構真剣にみんな見ている。

今度はすぐにバスが到着。レーのゲートの所までバスが回ったので幸いとそこで降りる。
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by djsinx | 2009-06-27 18:20 | 旅の記録

CHillout Party in Leh

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昼間に軽くフライヤーを街で撒いて夕方にOrange Skyに行く。音出しをしてみると思ったよりも音が割れる。システムは今更変えられないので何とか音量と曲調を調整しながらJunちゃんががんばって繋ぐ。Flyer効果もあり、ヴィパッサナーの生徒も含めて早い時間から席が埋まる。焚き火も焚かれ、夕焼けの映える雪山を見ながら思い思いに時間を過ごす。1時間半ほどして俺に交代。ヴィパッサナーの生徒がずいぶん遊びに来てくれている。瞑想の10日間を思い出しながら色んな話に花を咲かせるにはいい場になったのかもしれない。

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ちょくちょく声をかけてくれるお客さんもいた。ヨーロピアンの旅人からインド人からローカルのラダッキーまで。音に興味を持ってもらえるのは嬉しいものだ。ラウンジで長居を決め込む人たちがいて、焚き火の周りで暖まりながら喋っているグループもいる。キッチンはフル稼働していた。この日は停電もなく、寒さもたいしたことない上に風も吹いていないと環境としてはかなり幸運だった。

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結局11時終了の予定が1時過ぎまでゆっくりと音を出す。自分の音を交えながらアンビエントで静かに落としながら繋ぐ。レーまで来る人はさすがにこういう音にもとても反応がいい。こういうお客さんの前でプレイするのはとても楽しいものだ。最後までいてくれたオランダ人の女の子に「シガー・ロスのライヴ会場にいるみたいだった。」との感想を頂いた。褒めすぎであるが、これ程嬉しい褒め言葉も滅多にあるものではない。この特別な街だからこそ存在する雰囲気だったと思う。
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by djsinx | 2009-06-25 00:38 | Partyの記録

Pangong tso


623

朝起きて早めの朝食を食べているとヒラルが宿に迎えに来る。どうやらG.Hの前まで車で迎えに来てくれたようだった。早速乗り込んで出発。インダス川上流の東側に向かう。レー周辺の谷は広い。道はManaliへ通じる幹線道路だったので家もそこそこ建っているが、辺りは遥か山の麓まで続く荒地だ。集落の付近だけ川が流れているため緑に覆われている。そんな道を1時間ほど走り、Karuの街からShakti Valleyと呼ばれる横道の谷に入る。道がかなり入り組んできてメリッサが車酔いになる。でも停まるわけにも行かず、Junちゃんの酔い止めを飲んでもらって先に進む。Chang LaはKardung Laよりはずいぶんなだらかなイメージ。そして何より車の量が少ないのでスムーズ。

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だけどこちらの方が楽な道かと思っていた矢先に数日前のトラック転落現場に遭遇。4日前に落ちて4人死んだという。まだ真新しい崖下のトラックを見ると背筋が凍った。この時はエンジンなどの部品を引き上げていた。

そして雪の残る峠を越えるとやはり谷の表情が変わる。長く曲がりくねった道を降り、小川の流れる緑の草地の脇を走り抜ける。周りの荘厳な、巨大な岩と砂の山々と小さな陽だまりのような草地と小川、そしてそこで草を食んでいる牛やロバ、馬の姿が不思議なコントラストを描き出している。ところどころに小さな湖が見え、小さな集落がある。

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俺達以外は朝ごはんがまだだったので小さな集落の道路沿いの小さなテントの茶屋で一休みする。チャイを飲んで少し散歩。Nubraとも山や谷の感じが違う。どこも茫漠としていて同じように感じてしまいがちだが実際訪れてみるとディティールはどこも違い、それが景色に美しいアクセントを与えている。いくら見ていても飽きるということがない。

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そこからさらに1時間強のドライブでようやくPangong Lakeに到着する。この湖は今まで見たどの景色よりも美しい。含有ミネラルのせいで深い青色をたたえる水面と高地独特の抜けるような真っ青な空、そして赤茶けたむき出しの山肌。人間の生きるスケールを越えた長い長い時間の中での営みを感じることができる稀有な場所だ。既に大勢の観光客が到着してアガっている。それも当然だろう。ここまで地球そのものを感じられる場所は少ない。生き物のなかなか寄り付かない生の地球。足を水に浸すととても冷たい。どんな水とも違う水の冷たさを感じた。人間の外にある水。静か過ぎて少し怖くなるほどに。

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湖の近くのテントの食堂で昼食をとる。お腹が減っていたのもあったがターリーがとても美味しい。この小さな空間の人間味にちょっとほっとする。食べ終わって一休みする頃にはメリッサの車酔いもすっかり収まっていたので帰路につく。Hemisのゴンパに立ち寄る予定だったので急ぎ足。

Chang Laを越えて下り坂に差し掛かるとインド軍の工事車両がトラックの引上げ作業を行っている。狭い山道を完全に塞いでいて車が通り抜けることができずにみんな立ち往生している。どうしようもないので一段落するのを待っていると身なりのよい、恐らくハイカーストと思われるインド人のおじさんがものすごい剣幕でインド軍と作業員に食って掛かっていた。恐らく早く通せとわめいていたのだろう。さすがここはインドだけあってすぐに工事は中断、待っていた車両はすぐに通ることができた。

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5時過ぎにHemisに到着。インダス川沿いのKaruという街から4km程何もない荒野を岩山に向かって走ると狭い谷の奥にへばりつくようにゴンパが建っている。よくこんなところに建てたと思うような急斜面だ。100Rsの入場料を払って中に入る。入ってすぐの場所が広場になっていて、ここでラダックで一番大きなお祭が行われるという。お堂の中はとても天井が高い。階段を登った奥の部屋では祭の時の踊りに使われる仮面がいくつか安置されていた。

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そしてここは博物館が面白い。古い仏像やタンカ、僧侶達の儀礼や生活に使う様々なものが展示されている。1時間くらいかけてじっくり見たいところだったけれど6時の閉館になったので半ば駆け足で回る。少々6時を過ぎたけれど係りの人は笑顔で見送ってくれた。

レーに戻ってOrange Skyに行ってフライヤーをもらう。そして軽く打ち合わせをしてヴィパッサナーの生徒が集まっていると聞いたWonderlandに行ってみると結構みんな来て話している。一緒にしばらく話してフライヤーを渡して翌日のために早めに撤収。
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by djsinx | 2009-06-24 00:21 | 旅の記録

ヴィパッサナー瞑想終了

622

朝一番に最後の瞑想をして朝食を取り、みんなで各所を掃除。俺はシャワールーム担当。学校の清掃の時間を思い出しながらさっくり終わらせる。誰もがおしゃべりになっていて顔をあわせれば何かと喋る。タクシーで先に出る人やバイクの人がちょくちょく去り、8時過ぎにバスが来て残りの人がそこに乗り込む。帰りはちょっとマシな道を通る。どう考えてもこれが正規ルートだ。行きのあの道を通ったのは実は演出だったのではないかと思うくらいだ。

瞑想所外観
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付近を流れるインダス川。でも瞑想中は見れない。

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レーに戻り、荷物を置いてあるOriental G.Hに戻る。だが既に満室だったので隣のShanti G.Hに移ることにする。ここもいい感じだ。200Rsの部屋を見つけて泊まることに決定。アマンダも結局同じ宿に泊まることになった。この日はどうやら屋上に作られたゴンパでお祈りをしていたようで、Junちゃんとアマンダが誘われて参加していた。俺はと言えば部屋の鍵を持ったままJunちゃんがお祈りの間に入っていたので洗濯物を持ったまま30分ほど立ち往生であった。しょうがないから屋上の部屋の外で洗濯物を乾かしながらヒマラヤを見つつマントラに聞き入っていた。

Junちゃんがインド人の姉妹、ヒルラとウルヴィと一緒にPangong Lakeに行く約束をしていたのでその話をしにお昼過ぎにWonderland Restaurantに行く。驚いたことにヴィパッサナーに来ていた人が大勢集まっている。喋っているとヒルラとウルヴィがやってきてG.Hの知り合いのジープが開いているので明日なら安くツアーに行けると言う。メリッサというアメリカ人の女の子もいくというので早速パーミットを手配する。

その後、夕方に前から気になっていたPartyの匂いのするOrange Skyというレストランに行き、自分達がDJであることを伝えて音出しができないかを尋ねる。ここのオーナーはフランス人のパスカルという女性で、ゴアにも店を持っているらしい。レーでは今年から夏のシーズンの間だけ店を出すことにしたという。パスカルによるとレーという場所の問題と店のシステムの問題からいくつかの条件はあるが基本的にチルアウトの音であれば問題ないという。

夜にもう一度mix CDを持って訪ね、OKだったので打ち合わせをする。24日なら問題ないというのでそこで日程を決め、翌日の晩にフライヤーを取りに来ることで決定。インドではじめてのPartyがレーでのチルアウト、いい感じのスタートだ。
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by djsinx | 2009-06-23 00:18 | 旅の記録

レーでのヴィパッサナー瞑想について



レーにおけるヴィパッサナー瞑想は、試験的に開始されたのが2008年で、今年で2年目とのことだった。現在ラダックには恒久的なヴィパッサナーセンターは未だ建設されていない。現在建設が進んでおり、遅延なく完成すれば2010年の夏にはオープンする予定であるとのことだ。

そんなわけで、現時点ではヴィパッサナー瞑想を行う際は他の瞑想施設を借りて行っている。私が受けたのはレーから程近いPheyという場所の荒野の果てにある瞑想施設だった。他にもレーから90km程西のTemisgamのヴィパッサナーヴァレーという場所にある瞑想所で行うこともある。そうした仮の設備であるため、日本語のテープ等の設備はない。英語とヒンディー語のみでの説明となるので、どちらかが十分理解できない場合はここで受けるのは難しい。センター開設後はそうしたテープも配備される可能性が高いが、日本語のものがあるかどうか、受け入れ態勢が整っているかどうかは事前に確実にチェックすべき。

また、現在のところヴィパッサナー瞑想の情報と送迎バス(有料)の発着についてはレーのチャンスパ通りの中程、マニ車のある橋から少々下ったところにあるChow G.Hが取り仕切っている。ここのオーナーに問い合わせれば次回の瞑想の場所、送迎の集合時間などは教えてもらえる。ただ、受付については規定どおりネット上のヴィパッサナー瞑想のサイトから申し込む必要がある。受付後、確認のメールが入るのでそこへの返信と連絡を怠らないように。連絡を取らなかったない場合、下手をすると弾かれることもあるという。
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by djsinx | 2009-06-18 23:30 | 旅情報

ヴィパッサナー瞑想について


ヴィパッサナー瞑想について言葉を紡ぐことが正しいのかどうか分からない。ここで得た何らかの気付きだったり感触というものを言語化してもそれが何かの役に立つのか、もしくは有害なのか、判断に迷うところではある。

ただ、多くのヴィパッサナー未体験の日本人(もしかしたら他の国の人もだが)がこの瞑想について何らかの誤解をしていることは疑い得ないと思う。そしてこの誤解は特に海外でヴィパッサナー瞑想を受けようと思ったときに足を引っ張ることになる。

まず、瞑想の目的であるが、これはただ一つ、「仏陀になること」である。リラックスするためでも心の平静を得るためでもない。自らの持つ欲望の根っこを残らず引きずり出し、それを捨て去ることだ。ヴィパッサナー瞑想の特徴として多くの人が知っている「10日間誰とも喋ってはいけない」「目を合わせたり会釈もしてはいけない」「男女は厳格に分けられて会えない」というのは全てがそのための準備段階の約束事でしかない。大切ではあるが瞑想の前提という位置づけなのだ。

そしてもちろんこの瞑想は仏教に深く根ざしている。ゴエンカ師はこの瞑想が仏教という宗教のためのものではないと仰っていて、実際にそれは間違いではないが、ここで使われる発想の多くは仏教に由来している。四苦八苦、八正道、唯識、煩悩、仏教の中心概念が色濃く現れてくる。手塚治虫の「ブッダ」なり、高校の倫理の教科書程度でも前もって復習しておくといくらかはヴィパッサナー瞑想の理論と技法について理解はしやすくなるかと思われる。もちろんいろいろ関連本なり仏教の基礎についての本を読んでいればさらによい。知識が瞑想をするのに邪魔になるとかそんなことはまったくない。そんなものが邪魔と感じるならまだまだ自分の瞑想が未熟なだけのことだ。

もうひとつ大きな誤解は「誰とも喋ってはいけない」という決まりがあることから、この瞑想を素朴な、とても非言語的なゆったりとした瞑想だと思ってしまうということだ。何も喋らず何も考えず、じっと座っていると思ったらそれは大間違いだ。毎日1時間のDVDかテープでのゴエンカ師の講話があり、それ以外の瞑想の時間にもテープで細かく指示が入る。そしてそれらの指示に対して細かく意識的に集中して瞑想を行う。それは多くの人にとって困難であるし、苦痛でもある。そこに正面から立ち向かわなくてはヴィパッサナー瞑想はどこにもたどり着かない。

そして海外で行う場合、日本語のテープが存在しているかどうかの確認が重要になる。十分な英語力と仏教に対する前知識がない状態でテープを聞いても残念ながら何も理解できないし、このテープの内容が分かっていなければヴィパッサナー瞑想は全く意味がない。それほど重要な話をしている。事前の情報収集とテープの有無の現地への確認、手配を怠るべきではない。

なお、ゴエンカ師の英語はもちろんインド訛りの英語なので、英語で受けても問題ないと考えている人もその点は注意すべきだ。また、英語の表現についてもヨーロピアンや英語を母国語とする人の間でも議論になるほど特殊な言葉の使い方をしているようだ。日常言語と哲学、宗教的言語の違いとでも言うべきか、そうしたニュアンスまで含めると正確に理解するのは簡単なことではない。毎日先生への質問が許される時間がある(この時だけは喋ってもよい)ので、極力その都度分からないことは質問し、解決するように努めるべきだ。

だが、実際に終わってみて、最初に想像していたものよりもっと深い理解や気付きがあったのも事実だ。内容については詳しく語るつもりはないが、苦痛や困難の正面から、この瞑想に挑む価値は十分にあると感じる。

Have a Nice Meditation.
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by djsinx | 2009-06-18 23:27 | 旅情報

ヴィパッサナー瞑想へ

611

朝、Daisuke君が遊びに来ていろいろお喋りして昼に宿に荷物を預けて出発。同じ宿のイギリス人のジョンという男の子も行くというので一緒にChow G.Hに向かう。到着するとまだ来ているのは数人。お茶を出していただいたので飲みながら色んな人と話をする。始めてヴィパッサナー瞑想をする人がかなり多いようだ。そしてインド人より外国人が多め。インド人もあちこちからここに来ているようだった。ニューヨークから来たアマンダは日本の暗黒舞踏が好きで禅にも興味があるという話だった。やはり不思議な人が多い。

1時の予定が2時過ぎにバスが来て会場に向けて出発。レーの街中を抜けて空港を越え、Phey辺りでいきなり何もない荒野に突撃していく。何があったのかと思ったが誰も分かっていない。道というよりは轍としか言いようのない道なき道を突き進む。崩れかけた崖や石ころだらけのカーブも気にしない。あっけにとられていると眺望が開けて目の前にインダス川が広がる。そこからさらに10分ほど走るとSECMOL瞑想センターに到着。ここが今回のヴィパッサナー瞑想の会場だった。目の前は岩と土くれの巨大な山。眼下に広がっているはずの川原は残念ながら行動範囲からはほぼ見ることができない。インダス川が目の前なのに見れない、これもきっと修行のうち。

登録を確認して貴重品を預け、寝床を確保する。そして最初の説明を聞いて男女の行動範囲が別れ、徐々に瞑想の準備に入っていく。これから10日間、喋らず、目を合わせず、瞑想の日々が始まる。
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by djsinx | 2009-06-12 00:17 | 旅の記録

Nubra Valley 後半

610

朝起きて外に出るとタイチョーはもう起きてチャイを飲んでいた。こちらが準備をして降りて話をすると朝の5時半に村に散歩に行ってきたという。元気すぎである。この日は谷の向こう側に渡り、SumurのゴンパとPanamikの温泉に行く。昨日よりは少し雲が多く肌寒い。Sumurに到着すると街外れの道からゴンパに向かう。ここは学校が併設されていて少年僧達が朝の読経をしている最中だった。概観はかなり整備されて新しい感じに見えたが、お堂の中は昔ながらの雰囲気が残っていた。髑髏の装飾があったり踊りながら交わる骸骨の壁画があったりとユニーク。

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その後はタイチョーの提案で村のG.Hで朝食を取ることに。チャパティとオムレツだったがこれもかなり美味しい。姉妹はピュアベジタリアンとのことで自前のスナックを食べていた。少しもらったけれどかなりスパイシーでいい感じだった。デリーで買ったという。

そしてPanamikへ。日本人的にはメインイベントだ。村はずれに源泉が湧き出ていてそれがパイプを伝って建物の中の湯船に流れ込む。もう見たまんま源泉賭け流しである。男湯と女湯があって3人とも早速入る。浴槽の脇にあった丸い石を排水溝に詰めるとお湯が溜まり始める。布とビニール袋もあったので組み合わせて蓋をするといい調子。「タイチョー、入らないでありますか?」と聞いてみようとしたが既にどこかに散歩に行ってしまったようだった。Daisuke君と代わる代わる打たせ湯をしながら暖まる。インド最北の地、民間旅行者の訪ねられる最北の村にある温泉。シチュエーションだけで最高だったけれど素晴らしいことにお湯も最高に気持ちよかった。恐らく42℃程度。日本人的にはど真ん中どんぴしゃりの温度である。湯質も申し分なし。
思いっきり暖まって30分くらい居座ってしまった。その後インド人観光客が増えてきたので外に出る。車に戻ると姉妹とドライバーがいたけれどタイチョーは村に散歩に行ったらしい。つくづくアクティブな人だ。自然と旅が好きだと言っていたけれど本当によく分かる。

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ろばくん

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天気が悪くなってきて風も出てきたのでレーに向けて出発。途中で風が強くなって雲が空にかかり、後ろを振り向くと遠くに竜巻が見えた。砂嵐も竜巻も初めての体験だった。谷を抜けて峠に入る頃、空は一面の雲に覆われて雪がぱらつき始めた。6月だというのにさすがラダック、そして5600mの峠だった。レー側に入ると徐々に雲は晴れ、雪も止んだ。その後は程なくしてレーに到着。インドではこういうツアーの時はドライバーに一人50Rsのチップを渡す慣習があるらしい。インド人たちは払うというのでこちらも習うことにした。値切るのもいいけれどこういうローカルの習慣は大切にしたいと思う。どちらにせよドライバーはとてもよかったし。

竜巻

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いよいよ翌日からヴィパッサナー瞑想が始まる。本当はもうちょっと直前は安静にしていた方がよかった気もするけどまあ、そこはそれ、気にしない。
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by djsinx | 2009-06-11 00:05 | 旅の記録