<   2009年 02月 ( 12 )   > この月の画像一覧

サパという観光地

227

朝6時半にラオカイの駅に到着して放り出される。予約していたミニバンの案内に付いていくと人が多いせいでたらい回しにされる。まあそんなもんだ。2台目にさっさと乗り込みサパへ。曲がりくねった道をひたすら登るといきなり辺りが開け、湖畔に白亜のホテルが立ち並んでいる。有名な観光地なのは知っていたが悪い冗談のような景色だ。とあるホテルの前で降ろされ、ここが宿泊場所だという。とりあえずフロントに行くと間違いなさそうだった。荷物を置いて軽く一眠りして街に向かう。湖から5分ほど歩くと街の中心の広場に出る。その周りには黒モン族やザオ族などのおばちゃんと子供達が店を出していたり商品の民芸品やアクセを持って観光客を追い回している。みんなとても英語が堪能で延々ついて来ては喋り続け、買って買ってと売りつけてくる。ここもハノイに負けず旅人の顔が疲れている。Junちゃんは近くの村まで歩いてみると言ったが俺は疲れていたので部屋で休む。

夕方暗くなることに落ち合って露天で串焼きを食べた。からし菜の牛肉巻きが非常に美味。竹筒に入ったご飯も香りがいい。そして最後の〆は焼き芋。ほくほくしていて味が濃い。日が暮れると標高が高いせいで冷え込むのでこれはとてもありがたい。
[PR]
by djsinx | 2009-02-28 00:43 | 旅の記録

ハノイ脱出

226

最悪なハノイの街で一日を過ごし、迎えのミニバスが来ないので自力で行くことになる。ホテルの名前もろくに教えてもらえていない。駅に向かうタクシーは改造メーターでとんでもない料金を言ってきたので日本語でさんざん怒鳴りつけて最初に話した金額だけ渡してそれでも何か言いたそうだったので睨み付けてさっさと歩き出した。もう二度とここに来たくはないが来なくてはならない。最悪だ。この旅で一番気分の悪い日だった。

とりあえず列車の寝台は快適とまでは行かないが許容できるレベル。疲れ果てたのでさっさと寝る。
[PR]
by djsinx | 2009-02-27 20:35 | 旅の記録

暗く薄汚れたハノイへ

225

翌朝起きてバスステーションに行くとハノイ行きのバスが目の前に停まっている。話を聞くと英語は全く通じなかったがハノイで間違いないらしい。すぐに出るということだったので荷物を積み込んで座席に座る。バスはきれいでちゃんと走る。素晴らしい。値段も安い。バスはタンホアの街中を客を探して走り回る。他にもハノイ行きのバスが何本もあり、走りながら大声で行き先を連呼し早い者勝ちで客を取り合う。なんとも勇ましい。1時間も走り回って徐々に北上する。その道すがらでもバス待ちらしき人を見つけては声をかけている。途中でトイレ休憩をしたときにはおばちゃんたちが手にお菓子や飲み物を持って売りに来る。清く正しいアジアのバスの風景だ。お菓子だと思って買ったバナナの葉に包まれた食べ物が実はソーセージだったりと面白い。そしてこれがまた美味しかった。

2時間弱でニンビンの街にさしかかる。雨季とのことで天気はよくない。石灰岩の山が遠くに聳え立ち水田が広がる。晴れていればとても気持ちがよさそうだ。ちょこちょこツーリストの姿が見えたがローカルの人が多かった。バスはそのまま走り続け、さらに2時間ほどでハノイへ。

空はどんよりと曇り、辺りをバイクや車がクラクションを立て続けに鳴らしながら縦横無尽に走り回る。バスターミナルに到着するや否や恐ろしい数のバイタクやシクロのドライバーが群がってきて大声で客引きをし始める。これはかなり引いた。面倒なので歩き始めてもまだ着いてくるし新しい人がわらわらと寄って来る。とにかく引き離して歩き始めたが安宿街の場所までは遠く、道筋もよく分からないので最終的にタクシーに乗って行った。街は暗く薄汚れ、ゴミがあちこちに散らばっている。

安宿街も車とバイクとゴミで溢れ、居心地が悪いしそもそもぶつかりそうで危ない。宿も高く、全ての雰囲気がとげとげしている。もしかしたら何日かこの周りに滞在する可能性も考えていたが一瞬でその考えは消し飛び、さっさとサパやバクハを見て南に下りようということで意見が一致した。そして翌日のサパ行きのチケットをさっそく購入。旅行代理店もガツガツしていて何とかツアーを組ませてツアー代をせしめようと必死だ。本当にうんざりする。街を行くヨーロピアンの旅人達の顔も疲れているように見える。
[PR]
by djsinx | 2009-02-26 20:22 | 旅の記録

国境の東、戦いの幕開け

224

まだ暗いうちから準備をして朝一番の国境行きのソンテウに乗り込む。オージーの女の子二人が同じソンテウに乗っていてベトナムに向かうという。ソンテウはのんびりといろんな荷物を積み込んで予定を大分遅れて出発。8時半頃にヴィエンサイ側の街道沿いのバス停に到着。ミゲルとロレーンとマンフレッドがいてこちらが手を振るとものすごく驚いた顔で見ている。当たり前だ。ビザが切れるからと先に行ったはずの二人がなぜかサムヌアからのソンテウに乗っているのだから。積もる話は後回しに満員のソンテウに揺られながら国境に向かう。

11時過ぎに国境に到着。イミグレで今回はすんなり出国。ベトナム側でもこちらのことを覚えていて無事に半月の滞在許可のスタンプを押してくれる。ただし念のためか他の人はスルーだったのに二人だけ荷物チェックありだった。まあそれはいい。無事にベトナム入国。まだこの時はこの先大変なことになるとは思ってもいなかった。

そしてイミグレを出て少し歩くとハノイ行きのバスを発見。だがどう見てもそれはずっと使われていないような雰囲気。話を聞いてみるとハノイまで一人30ドルと言う。噂は聞いていたが酷いぼったくりようだ。仕方が無く他の交通手段を探すがどうにも見つからない。ナメオは小さな町で市場もろくに開いていない。少し進むとただの民家があるだけのエリアになってしまい、その先は山道だ。値段交渉をしてみてもどうにもこうにも値引きはしない。他に交通機関が無ければ彼らが折れる必要性はどこにもない。こちらが根負けして言い値を飲むのをのんびり待てばいい。そして彼らはまさにそうした。同行者達はみな怒っていたが有効策を打ち出せる人は誰もいなかった。追い討ちをかけるように運転手がべろべろに酔っ払っていてそれがさらに火種となっていた。最終的に英語を喋れるベトナム人のビジネスマンがいて、彼に仲介してもらってどうにかその酔っ払いに運転させないことだけを確約させるのが精一杯。予定から2時間ほど遅れてバスは出発した。

ラオス側と違い、ベトナム側は水田に水が入り、新芽が青々と育っていた。山々もラオス側に引けを取らない美しさ。田園風景とうっすらと霞んだ石灰岩の山々は一服の絵画のようであった。忌々しく不毛に終わったあのやり取りさえなければこの景色を十分満喫できたのにと思うとなんとも腹が立ったが美しいことには変わりない。

曲がりくねった山道を下り続けること数時間。辺りが暗くなる頃ようやく麓に到着。休憩を挟んでしばらく走るとタンホアという国道1号線沿いの大き目の町に到着。ここは見所があるわけではないので旅人はほぼいない。バスターミナルに到着したのは8時半。移動もままならないので目の前のホテルに泊まる。7ドル程度とそこそこの値段で部屋はきれいだった。すぐそばの食堂に行き、フォーを食べる。やはりとても美味しい。ラオスの麺も美味しかったが風味が違う。たっぷりの野菜を入れてビールも飲む。あのバスから逃れられてほっと一息だった。他の旅人達はハノイを始め先の目的地に向かって行ったが深夜に疲れ切ってハノイに到着するのは避けたかった。
[PR]
by djsinx | 2009-02-25 19:46 | 旅の記録

2マス戻る

223

ビザが切れるのでこの日の朝一のソンテウで国境のナメオに向かう。ラオス側はナムソイのはずだが不思議なことにみんなナメオと呼ぶ。市場に行くとソンテウ乗り場は1km離れた街道沿いと言われたがバス乗り場のおっちゃんが若い運転手になにやら言い聞かせて乗れるように手配してくれた。どうやら配達の都合で国境近くまで行くようで、それに便乗できたようだった。ここからの景色もさらにダイナミックで美しい。石灰岩の険しい山々を背景に小さな村々が道沿いにあり、畑が広がってそこを小川が流れている。今は畑は作物は植えられていない季節だったがそれでもその広がる光景には心を打つものがあった。

村々で配達を済ませながら3時間弱、ようやく国境に到着。ラオス側は立派なイミグレの建物以外にはお店が2,3件ある程度で村ですらない。イミグレに行ってみると出国に当たってベトナムビザがないのが問題になりそうだということが分かる。ビザかベトナムを出る交通機関のチケットのどちらかがないと難しいだろうということだった。とりあえず出国はせずにベトナム側のイミグレに入国できるかを確認してくることに。

1km弱歩いてベトナム側のイミグレへ。話をしてみるとやはりそのどちらかがないと入国手続きをシステム上進められないと言われてしまう。賄賂の要求でもされる方がまだ楽なのだが粘っても効果なし。サムヌアでエアチケットを手配してそのレシートを提出すれば入国OKだと言われる。ルアンパバンまで戻ることを考えればそれが一番早くて安いので仕方なく一度引くことに。ラオス側に戻るとちょうどソンテウが来ていたのでそれに乗ってサムヌアへ。相変わらず景色はきれいだったがやれやれである。

サムヌアには早めに到着したので軽く両替をしてネットカフェへ。遅くてしょっちゅう切れる回線にいらいらしながらもどうにか最安値のチケットを予約。プリントアウトも済ませてこの日は終了。痛い出費だったが仕方がない。
[PR]
by djsinx | 2009-02-24 19:35 | 旅の記録

最果てのヴィエンサイ

222

サムヌアを出てヴィエンサイに向かう。ソンテウで1時間弱なので朝少しゆっくりしていたら10時の便は客待ちでなかなか出ない。洞窟ツアーに参加するつもりだったので同じ便を待っていたツーリストと話をして少しエクストラを払って出発してもらう。この辺りからの景色もヴァンヴィエン周辺を思わせるとてもダイナミックで美しい山々が連なる。お昼前に埃っぽいマーケットに到着。チャリで回っている旅人に聞くとあちこちにあるけどいろいろな所に散らばっていて結構遠いという。なのでひとまず目に付いた宿の看板を手がかりに宿泊場所を探す。マーケットから200m程のところに湖上ゲストハウスを発見。一歩入るとそこの雰囲気が気に入り即宿泊することに。大きな部屋で40000kip、シャワー別。後で気がついたがシャワーは水道があるだけで手桶で水をかける原始的な方法。でもまあそれは問題ない。

13時のツアーに参加するために急いでオフィスに向かう。ソンテウに乗っていたときに見ていた景色の中に入り込んでいるようだった。明るい雰囲気の村のあちこちに石灰岩の山が聳え立つ。家のすぐ裏手に、そして池のほとりに。暑い日差しの中を歩いていくときれいなオフィスがある。表の看板にはバスや宿、食堂の情報が張り出されていて便利。中に入るとパテト・ラオに各国共産党から送られた書籍やレーニンの胸像等が飾られている。こんな無造作でいいのかとちょっと心配になるくらい。でもまだまだここを訪れる人も少ないということだろう。
最終的に10人近いお客が集まり、ツアー開始。ガイドのシーフォン氏は英語が堪能でいろいろ歴史について語ってくれる。お札にもなっているカイソーンの住んでいた洞窟は会議室や対化学兵器用の緊急避難室等も設けられていた。酸素供給ポンプはソ連製だとのこと。爆撃のクレーターなどもあり当時を偲ばせる。タイから飛んでくる米軍の飛行機に対抗するために対空砲台は西向きに据え付けられていたという。北には中国、東にはベトナムが社会主義国として存在していた歴史を思い起こさせる。各パテト・ラオ幹部の居住区以外にも病院や市場、劇場等が洞窟内に存在していたとのこと。一つの街が点在する石灰岩の山の中に隠れていた形だ。

ツアーは終始和やかにゆる~く終わり、市場でフルーツとご飯を買う。サムヌアまで一緒だったスペイン人のミゲルとイギリス人の彼女、ロレーンに再会する。彼らは今日はバイクで近くの滝まで行ってきたようだ。そんな話をしていたら同じく一緒だったドイツ人のマンフレッドにばったり出会う。彼もバイクで出かけていたようだが温泉まで行ってきてなんと200km以上一日で走ったとのこと。さすがだった。同じ宿だったミゲル達と宿のレストランでビアラオを飲みながらあれこれと喋る。ロレーンはティッシューダンスを専門にしているサーカス団員だという。こういう場所まで来る人たちは本当に面白い。

c0140612_055253.jpg

[PR]
by djsinx | 2009-02-23 13:20 | 旅の記録

蟲と蛙と鼠

221

翌朝、移動続きの疲れをゆっくり休んで癒し、市場に出かける。朝はやはり活気があり、並んでいるものの数も多い。

内臓を丸出しにしたネズミが3匹並んでいて誰が買うのかと思っていたら目の前できれいな若奥さん風の女性が2匹お買い上げしていった。晩ご飯はこれで鍋なのだろうか?それともBBQなのだろうか?

c0140612_13181437.jpg


カエルも足を束ねてあるだけの生きているものと既にさばかれているものがある。さばかれて半分にちょん切られていても足がばたばた動くのはさすがカエル。

c0140612_13165787.jpg


虫たちも元気にバナナの葉の上から逃げ出そうとしてはお店の女の子に指で摘まんで葉の上に戻されている。新鮮さの証だ。

c0140612_13185377.jpg


食肉コーナーを見ると山羊の頭の横に見慣れた顔が。牙の感じからしてもどうやら犬の頭のようだった。中国の影響が他より強いからかここでも食べるようだ。

c0140612_13192589.jpg


そして市場の脇の空き地には売れ残ったのかバッファローの角が打ち棄てられていた。ちょっと物悲しい。場所が場所なお土産品に化けていただろう。



その後1km程北の機織りの集落を訪れる。集落と言っても町の続き。小さなローカルマーケットを抜けた寺院の側に機織機のある家が何軒かあり、場所によっては工房のように何人もの人が働いていたりする。覗き込んでいたら中に招いてくれて機織の様子を見せてくれた。もちろん英語なんか通じるわけもないのでタイ語の辞書を片手に身振り手振りで会話する。30年ほどここで工房をやっているとのことだった。みんな明るくて笑顔がとてもいい感じ。
[PR]
by djsinx | 2009-02-22 13:16 | 旅の記録

サムヌア到着

220

翌朝目を覚ますとまだ真っ暗。でもとなりの市場はもう賑わっている。降りてみると近くの村から来ているであろう人達が野菜を並べて売っている。買いに来る人ももちろん大勢。隅の方では明かりを取るのに蝋燭を灯している。スウェーデン人の女の子三人組はちょっとした揚げパンを買い込んでいた。しばらくして明るくなってくるともう店仕舞を始めている。あっという間のできごとだ。7時のミニバスを見つけたので女の子達とこれも一緒だったドイツ人のおっちゃんに話す。スペイン系のカップルはまだ起きて来ていなかったのでドアを叩くと急いで準備して乗ると言う。

c0140612_13133624.jpg


ミニバスに乗り込むとそのままヴェントーンのバスターミナルへ。ここでチケットを購入して再度乗り込む。ラオス人も何人か乗ってくる。そして昨日と同じような道。同じように途中で止まりながら東へ進む。共産党の旗が目立ち始め、また家の前の織り機で機織をしている女性の姿を見かけるようになる。そしてようやくお昼前に開けた盆地が見えてきて、Welcome to Sam Neuaの看板が。街を見下ろす高台にあるターミナルに到着する。ここで降りることになっていたが交渉して市場の近くまで下ろしてもらう。坂を下りると立派な政府の建物があり、その付近は太い大通りになっている。今までの山道からは考えられない
光景だった。そして川のほとりで下車。市場のすぐそばでホテルも何軒かある。手分けして探して結局到着したところにあった場所に決めた。とてもきれいな部屋で共同シャワーで40000kip。

c0140612_046192.jpg


c0140612_046444.jpg


軽く着替えて両替をしに銀行へ行く。ここにはATMも両替商も存在していない。ツーリストインフォメーションはあり、付近の情報を詳しく教えてくれた。そしてかなり面白いと噂されていた市場へ。衣料、日用雑貨売り場は普通のローカル向けの市場だったが竹のつり橋を渡った川向こうの食物市場は圧巻だった。野外に作られたその市場は人で溢れ、野菜が果てしなく並んでいる。そしてそんな通路を歩いていると突然目の前に大量のカエルが括られて売られている。そしてその少し先ではネズミ。さらには多足類のムカデのような虫や昆虫がバナナの葉の上で売られている。実際に見てみるとなかなかのものだ。この日は閉まりかけだったので翌日また来ることにする。

c0140612_047316.jpg


c0140612_0504100.jpg


夕食を食べたレストランのメニューは今までのラオスよりも中国やヴェトナムの影響が強いようで、一町ごとに味が変わるのがとても面白い。10年前にガイドブックの片隅に名前だけ載っていたこのサムヌアという街。どんなところかずっと気になっていたが今回こうして来ることができた。好きな国の新しい表情を発見できたのは嬉しかった。
[PR]
by djsinx | 2009-02-21 13:14 | 旅の記録

東へ向かう。辺境へ、辺境へ。

219

目を覚まして散歩に出る。昼のバスまで体力を温存する。サムヌアへ向かうバスに乗ると到着は深夜0時ごろの予定だった。しかもそこまでの道は何百ものカーブが待ち受ける山道とのこと。道路の状態も分からないので慎重になる。旅行会社の脇のレストランで朝食を取る。ラオス風のオムレツとカオニャオとナスのペーストが驚くほど美味しかった。

c0140612_1311305.jpg


昼になってバスターミナルに行くと東に向かう旅人が何人か集まっていた。話を聞いてみるとみんな昼のサムヌア行きのバスに乗ろうとしているようだった。係員に聞いてもバスが実際に来てみるまではあき状況が分からないとのこと。どうしようもなくて待っているとバスが到着。だが満席で誰も乗る余地がなかった。話し合って別の方法を考えているとミニバスを出すという人が現れたので値段を交渉し、最終的に乗り込むことに。ミニバスは中継地点のヴェントーンまで行き、人が集まればサムヌアへも行くかもしれないとのことだった。とにかく選択の余地はない。

バスが走り出すとそこは話に聞いていた通りの山道。舗装はほぼされていたのでその点は問題なかったが平らな道は全くない。曲がりくねり、上り下り、果てしなく山の中を進んでいく。道の周りにはいくつもの村があり、民族衣装を着た人の姿もちらほらと見える。どこかの家に何かを配達したり、ローカルの人が途中で乗ったりと停まるたびに子供達が珍しそうな顔で寄って来る。「サバイディー!」と挨拶をすると笑顔でちょっとはにかみながらで「サバイディー」と返してくれる。その笑顔に旅人はみんなノックアウトされる。少々難儀な山道も楽しいひと時となる。

村々には井戸が引かれ、学校がかなりの数建てられている。ラオスの政策なのか各国の援助のおかげなのかは分からないが本やかばんを抱えた子供達が楽しそうに学校に行き来している姿を見るのはとても嬉しいものだった。辺境ではあるけれど回るべきものはある程度ちゃんと回っているのかもしれないと感じた。

夕方6時前にヴェントーンに到着。ここは街から1kmのところに温泉もあるらしい。さすがに旅程の関係で今回は諦める。結局ミニバスはこの先には行かないこととなり、市場の目の前の宿に泊まる。ホットシャワー付きで50000kip。市場の前の掲示板には旅人用のインフォメーションが貼りだされていた。

夕食を食べに行くと地元のラオス人の集団がラオラーオを注ぎ交わして宴会を始めるところだった。小さいけれど平和で活気もあり、面白い場所だった。翌朝7時にサムヌア行きのバスが出るとのことで早めに就寝。
[PR]
by djsinx | 2009-02-20 13:09 | 旅の記録

ノンキャウへ

218

ルアンパバンから4時間ほどでノンキャウに到着する。北バスターミナルから乗ったトラックバスは意外と快適で外の景色を楽しんだり乗っては降りていくローカルのラオス人達と身振り手振りで話しているうちに過ぎていった。旅人は年配の人から同い年くらいのカップルに若い子もいた。ちょっとした休憩の時にみんな外に出ては村の様子を写真に収めたり子供達と遊んだりしている。

ノンキャウには13時過ぎに着く。ムアンゴイ行きのボートを探している人もいたがこの時間にはないようだった。翌日昼のバスで東に向かうのでとりあえずバス停から遠くないG.Hを探す。まるっきりローカルな街の真ん中にピンク色の壁の宿を見つけてチェックインする。40000kipと安いが設備はシンプル。暗い部屋の中に女性のヌードの絵が貼り付けてあってちょっと不気味だけどまあいい。

街を抜けてバスターミナルの側の大きな橋を渡る。ここから見る山の景色が絶景。辿り着いた旅人たちもここで足を止めて景色に見入っている。橋を渡ると何軒かレストランとバンガロータイプの宿がある。ひとしきり散策して道路際の屋台でパッタイを食べてから川に一番近いレストランで景色を見ながらコーヒーを飲む。子供達が元気に走り回っている。ここは喧騒を離れてゆっくりした時間を過ごしたい人が集まる場所。誰も急がず、本を読んだりぼんやりと外を眺めている。

c0140612_136551.jpg


帰りに橋の上から川を見るとボートが行き来している横の砂州で旅人と子供達がサッカーをして遊んでいる。日の暮れかけた川面は夕陽を反射して光り、声はどこか遠くから聞こえてくるようだった。

c0140612_135060.jpg


夜には昼のうちに見つけて気になっていたインド料理屋に入ってみる。昼間の暑さは既に過ぎ去っていたが寒さを感じることはない。Beer Laoを飲みながらカレーを待っていると歌いながら歩いている子供達がいる。こんな景色の中で育つのは本当に楽しいだろうなと思う。しばらくしてやってきたカレーは絶品だった。久しぶりにナンを手でちぎって食べる。こんなラオスの山奥でカレーとナン。不思議な気分だった。
[PR]
by djsinx | 2009-02-19 13:04 | 旅の記録