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風営法が変わって音楽がビジネスになるならそれもいい

日経からの風営法改正への援護射撃。純粋にビジネスって観点から見ても現在の風営法は時代遅れだし、ビジネスチャンスを奪っている。

風俗営業だからという理由で大手の企業がクラブミュージック絡みのイベントに関わりにくい状況がある。ロックフェスとして一般的に認識されてるフジロックやサマソニみたいなビッグフェスは別として。このへんのフェスに協賛したり後援している企業が小さなPartyまで降りてくることで潤う人もいるし、活性化される部分もある。

それはクラブカルチャーを下支えして裾野を広げることにもなる。プロとして目指そうとする人を増やすことにもなる。アーティストとしてだけでなく、経営者やエンジニアなども含めて。

別に全て商業的である必要はないけれど、ビジネスだからダメと決め付けるつもりもない。ビジネスが絡むからこそリーチする層もいるし、それでファンが掘り起こされることだってある。手作りの素晴らしいPartyをいくつも見てきたけれど、その規模では実現できないこともある。ビッグマネーが動くからこそ実現できることだってあるのはロンドン・オリンピックの開会式や閉会式を見ても明らか。それは否定できない。

現在の風営法は結局そういう可能性の芽を事前に摘んでしまっている。良し悪しを論ずる以前のポイントから前に進めないのだ。

http://www.nikkei.com/article/DGXDZO56372780Z10C13A6MM8000/
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by djsinX | 2013-06-19 14:05 | News

ジャガンナート君をして「インドの祇園祭」はねーよw

この記事、笑ってしまうほどものすごい強引な力技である。

「もちろん場所もインドであるし、太陽はギラギラと照りつける。山車を曵くのもインド人のおじさんたち。雰囲気は当然だが京都! ではなく完全にインド……。だが、想像してみよう。仮に場所が日本で山車を曵くのも日本人だとしたら……。山車の形は少々違うが、まさに日本の祇園祭ではないか!」

この下り、「完全にインド」と言い切ってるのにまだ祇園祭を引っ張り出してくるとはwwちなみにジャガンナート君はプーリーのジャガンナート寺院ではこの記事にあるように「異教徒立ち入り禁止」なのでこの時しか見ることはできないが、同じオリッサ州のコーラプートにあるジャガンナート寺院に行けばいつでも好きなだけジャガンナート君を拝むことができる。入場料は無料。入り口で少々バクシーシ(寺院への正式なドネーションね)を渡せばいい。それで何百体というジャガンナート像があるので思う存分見放題である。ジャガンナート君のファンには嬉しい限りだ。
http://sinx.exblog.jp/14070140/

そして正直言って7月のインドはヒマラヤを除いて暑い。雨季に入っていれば5月辺りよりはマシだけれど、ここのところまともな雨季が来ない場合も多いので、熱中症で死ねるレベルであることは十分すぎるほどあり得る。2010年5月のデリーで48℃という話もデリーっ子から直接聞いたので参考にするといいと思う。まあ、マジキチである。デリーっ子ですら「暑すぎてぶっ倒れそうになるぜ」、と嘆くレベルだ。

正直この時期には例の日本人宿でうだうだしているのも長老クラスのリアル廃人くらいだろう。だったらさっさとヒマーチャルの某所にしけこむか、ラダックに上ってラマユルやへミスのフェスティバルを見に行ったほうが楽しいと思われる。
http://sinx.exblog.jp/12048227/

--以下引用--

今夏はインドで祇園祭に参加しよう(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース

インドには祇園祭っぽい祭りがあるらしい。こんな噂を耳にしたエキサイト編集部。本当にあるのだろうか思いつつも、疑問を解決するため早速取材を敢行。その真相を探ってみた。

たどり着いたのはインドの東海岸にあるオリッサ州。ヒンドゥー教の四大聖地の一つに数えられるプリーという街。ここで年に一度、ラタ・ヤトラという大きな祭りが催される。内容はというと、市内ジャガンナート寺院の本尊であるジャガンナートが、兄のバラバドラと妹のスバドラーとともにそれぞれ巨大な山車に乗せられて、おばのグンディチャーがいる寺院まで出かけるというものだ。

そもそも「ジャガンナート」というのは、この地方で最も崇拝されている土着神のこと。それが後世にヒンドゥー教に組み込まれて、ヴィシュヌ神の化身としてみなされるようになった。元は土着の神だけに、その容姿も変わっている。黒く丸い体に手足はなく、大きくクリッとした愛嬌たっぷりの目。一度見たら忘れられない顔立ちだ。彼らが鎮座するジャガンナート寺院は、本来ヒンドゥー教以外の異教徒は立ち入りが許されていない。そのため観光客が本尊を拝むことは不可能。しかし一年に一度の、この祭りの期間だけは本尊が境内の外に出るため、彼らを拝顔できるのだ。

現地入りした祭りの初日。ものすごい数のインド人が大通りに集まっていた。まさに黒山の人だかり。祭りがはじまると、各々がジャガンナートの名前を唱えながら、三体の山車を一斉に順に引っ張っていく。もちろん場所もインドであるし、太陽はギラギラと照りつける。山車を曵くのもインド人のおじさんたち。雰囲気は当然だが京都! ではなく完全にインド……。だが、想像してみよう。仮に場所が日本で山車を曵くのも日本人だとしたら……。山車の形は少々違うが、まさに日本の祇園祭ではないか!
ちなみに祭りの見所は、おばのグンディチャー寺院まで曵かれる初日とジャガンナート寺院に帰る最終日。それ以外の日は、グンディチャー寺院内に神様三兄妹はいるので山車は動かない。このラタ・ヤトラ、インドではとても有名な祭りで、日本の祭りのように沿道に屋台も多く出ている。またインドの大手企業もブースを構えており、インド日清食品もカップヌードルを販売していた(インドらしくカレー味でも色々な種類があった!)。

2011年のラタ・ヤトラは7月3日から11日まで開催される。祇園祭の山鉾巡行は7月17日なので、インドで山車を曵いた後、京都でその雄姿を見比べることも日程的には可能。まずは今夏、京都の夏よりもっと暑いインドで、祇園祭的体験をしてみてはいかが!?
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by djsinx | 2011-05-28 15:39 | News

米国人の4割、原発事故より第3次世界大戦を懸念

今回のオサマ・ビンラディンの殺害作戦と、その成功のニュースによって恐らくこの「第3次世界大戦」への恐怖感はさらに倍増されたのではないだろうか。もちろん、一言で第3次世界大戦と言ってもそれが誰と誰の間で、どういった理由や目的によって行われるのかなんてもちろん分からない。覇権を争うアメリカとEU、中国やロシアの間なのか、中東のイスラム勢力との間で行われるのか、もっと別の要素が関わってくるのか。

そう考えると「第3次世界大戦」というのはある意味恐怖の大王に近い抽象的な概念なのかもしれないキューバ危機の時は確かに、強大なソビエト連邦とキューバに運ばれる核ミサイルという形で全世界にソリッドに示されたけれど、今はそれもない。


ただ、もし仮に第3次世界大戦が起きるのであればそれはもう原発問題とは切り離して考えられるものではないだろう。次にテロリストだろうが誰だろうが他国を攻撃するなら原発は非常に有効な攻撃対象になる。原子炉自体は飛行機が突っ込んでも壊れないかもしれないけれど、電源なり冷却装置なりを壊せばそれだけで勝手に原発は事故を起こす。一度Fukushimaのような状況になればその国はそれに対して莫大な経済的損失を蒙る。

人が住めなくなり、交通が遮断され、生活圏が崩壊する。産業は打撃を受け、恐怖が蔓延する。

今回は地震と津波という天災が原因で原発事故が引き起こされた。でも、原発に対する人為的な攻撃が行われたら?東電の安全基準の甘さが指摘されているが、明確な破壊行動に対してどこまで対処できるのか?これはまだ実際に起こっていないという意味ではフィクションの話でしかない。でも、この世界には戦争があり、テロがあり、原発があるのだ。

この調査に答えたアメリカ人たちのように、原発事故と第3次世界大戦が別々のものとして互いに独立に発生する等とのんきに考えているわけにもいかない。911の時に飛行機ごとワールドトレードセンターに突っ込むことをどれだけの人が予測しえただろうか?311以降、原発が攻撃対象とならないなんて誰が言い切れるだろうか?

私たちはこれからそういう時代に生きることになる。




--以下引用--

米国人の4割、原発事故より第3次世界大戦を懸念=調査(ロイター) - エキサイトニュース

 [ニューヨーク 3日 ロイター] 東日本大震災による福島第一原発事故を背景に、原発事故に対する懸念が世界的に高まるなか、米国人の4割近くが原発事故よりも第3次世界大戦のぼっ発を心配していることが、新たに発表された調査結果で明らかになった。

 調査は米CBSのテレビ番組「60ミニッツ」とバニティ・フェア誌が、1万0021人を対象に電話で実施。

 それによると、第3次世界大戦のぼっ発を心配していると答えた人の割合は約40%、一方、原発事故を懸念していると答えた人は28%だった。
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by djsinx | 2011-05-06 09:04 | News

【ジャスミン革命を目の当たりにしながらの感想】風景が変わり、ルールが変わった

2001年の911事件から10年経った今年、世界に起こり始めている物事を私たちはつぶさに見ることとなった。それは我々が旅の途上であり、マグレブの一国、モロッコでチュニジアの政変を目の当たりにしたことから始まった。次に目指す国がエジプトであったことから1月25日の怒りの日のデモ以降、中東での革命の推移は私たちの関心の中心となった。

そしてビザと安全等、諸条件の重なりから私たちはエジプトから始まるアフリカ縦断の計画を破棄し、南米アルゼンチンへのフライトを選ぶことになった。奇しくもフライトの日は2月10日、ムバラクの辞任拒否の演説でエジプトが最も熱く燃えていた夜だった。そしてトランジットのドーハ空港へ向かう途中に着陸したのが今戦火の中にあるトリポリ空港だった。ドーハでの人々のテレビに向ける複雑な視線も忘れることはできない。ただ民主化を喜ぶだけの空気では決してなかった。様々な人々が様々な立場と利害をもって見つめている。それは革命に遥かに近い場所だった。

そしてブエノスアイレスに到着した後、バーレーン、オマーン、リビア、アルジェリア、ヨルダン、イラン、様々な国のデモのニュースが乱れ飛んできた。そこにはモロッコの話も小さいながらも含まれていた。西サハラに関連する問題だった。ジャスミン革命とは同列に語れるものではないであろう問題だけれど、なんらかの鳴動が始まっているように感じた。中国と北朝鮮でもデモの動きが報じられている。


1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦が終わり、2001年に911が起きてテロリズム対自由主義社会という構図が持ち込まれ、そして今年、2011年にジャスミン革命という名前で世界のあり方がもう一度変わったと私は感じている。一番大きな変化は、既に数多くの論者が指摘しているように方法の変化だ。前者の二つは私も記憶しているが、テレビによってその状況が世界に知らされた。だが、今回はアルジャジーラ、アルアラビーヤ、BBC、CNN等のテレビ局が果敢に潜入している一方で、Twitter、Facebook、Youtubeを駆使した個人からの情報の発信が大きな役割を果たしている。それは現地の人と人を結びつけ、主体的にさせると同時に世界に対する生の声によるアピールへと繋がっている。

日本ではその声は余り伝わってはいない。ニュースとしてはタイムラグを作りながら、エリカ様や大相撲八百長や小向美奈子といった重要案件の陰とはいえぎりぎり放映されてはいるようだけれど、空気が伝わっているようには感じない。いったいどれだけの日本人がこの問題を遠い海の向こうの知らない国の話ではなく、自分の生きるこの世界の問題として認識しているだろうか?急激に変化しつつあるこの世界の現在の問題として危機感を持っているだろうか?

正直な話、この問題をアメリカやイスラエルの陰謀論として捉えている人間は既に時代から脱落している。もちろんアメリカもイスラエルも、ヨーロッパ諸国もアラブ諸国もこの問題のプレイヤーの一人として機敏に立ち回っている。チャンスがあれば自国の国益を前提に振舞ってもいる。しかしそれは事態の原因ではなく、経過に伴うリアクションである。

それすらも陰謀だと大騒ぎするのであれば、平和ボケした日本のぬるま湯に浸かり過ぎて呆けているとしか言えない。世界というのは遥か昔からそうした丁々発止のやりとりが行われ続けてきた場所なのだ。高校の世界史の教科書でももう一度引っ張り出してきて読み直すといい。この程度のことはいくらでも、どこででも起こっているのだ。

思うに日本のガラパゴス化の最たるものは日本人の脳みそそのものだ。思考と発想、と言い換えてもいい。外国語の一つもろくに話さず、外国人や外国の文化とも交じり合おうとしない。英会話をお嬢様の教養に押し込め、海外旅行を物見遊山のパッケージにし、自国の中だけでかりそめの安穏を満喫していた。時代がそれを許し、経済がそれを可能たらしめていた時期はそれでもよかった。でもそんなおとぎ話はとっくに終わりを迎えている。

ただお茶の間で流れているテレビを見せられている場合ではない。自分の意思で情報を探し、集めなければ時代を知覚することができない時代まで世界は進んでいる。村上春樹の言葉を使うならば、「風景が変わり、ルールが変わった」のだ。ケネディ暗殺の時から最新情報を伝え続けていた世界のテレビ網は既に相対化された。そして無数の個人たちが発信者となって世界に情報を駆け巡らせる。

中国のジャスミン革命のニュースではほんの数人の行動が世界のニュースにまでなっている。その効果は非常に大きい。中国政府が躍起になって制限しているのは彼らもまた世界の土俵に立ち、その趨勢を厳しく見極めているからに他ならない。発想をシフトし、自らの頭で考え、リテラシーを強化して世界に起こる物事をどこか遠い別の世界ではなく、自らに影響を及ぼす一事として捉えなければならない。グローバリゼーションの波によって否応なくその世界に私たちも投げ込まれてしまっていることを認識しなければならない。

古きよき時代を懐かしむことを否定はしない。ただしそれは単に懐かしまれるべきものであって、履き違えられるべき種類の物事ではない。旅に出てから、いや、旅に出る前から日本の閉鎖的で自己完結的な空気には危惧を感じていたけれど、今年この世界に起こる出来事とそれに対する日本のリアクション(もしくはその欠如)を見てその危惧はいっそう深まった。

ウィキリークスの暴露文書の中で、駐シンガポール米大使が日本を「太った敗者」と呼んだというニュースを読んだけれど、私はそれで坂口安吾の「白痴」の一節を思い出した。尻の肉をそぎ落とされながらそれとも気付かず、ただ今のまま生き続けるだけの存在に成り下がるのだろうかと恐れを抱く。

それが、現実になる予感が余りにふつふつと沸く状況に恐れを抱く。
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by djsinx | 2011-02-28 08:03 | News

トリポリ空港、ほんの二週間前に通った場所なのに

まるでもうまったく別の世界のようだ。しかも、悪夢のような別世界だ。エジプト革命を避けてカサブランカからブエノスアイレスに飛ぶカタールエアはドーハで10時間のトランジットがあったけれど、そのドーハに飛ぶ時にトリポリ空港に降りて乗客の出入りがあった。何人かの乗客が降り、その後にきらびやかな民族衣装を着た一団がその機に乗り込んできたのをはっきりと覚えている。リビアのどこかの部族の、恐らくはダンサーかミュージシャンなのではないかと思った。凛として寡黙で、それでも目が合うとにっこりと笑った。彼らはドーハの空港に到着すると混み合ったトランジットエリアに悠々と消えていった。

今そのトリポリの空港では多くの人々が銃声に怯えながら混乱と混雑の中で飛行機を待っている。現時点で640人の死者。事態が収拾した後にははるかに大きな数字が出されるだろうと感じている。願わくばその収拾が少しでもよい形で行われればと願う。ではどんな形がよいのだろうか。カダフィが死ぬか逃げ出せば終わりなのか。それは始まりでしかない。原理主義者が東部で勢力を握っているという噂も出ている。原油産出国として大国の利害にも深く関わっている。チュニジアやエジプトの時よりもさらに未来に向けての状況が見えない。

少しでも多くを学び、この問題から目を逸らさずに見据え続けることだ。ただセンセーショナルなものに反応しているだけではいけない。それが情報を与えられ、その中で生きるということだ。それを放棄した時に人間は家畜に成り下がる。奴隷ですらない、反乱すらできない家畜に、だ。

--以下引用--

リビア死者、640人と人権団体 2千人死亡説も(共同通信) - エキサイトニュース

 【パリ共同】各国人権団体の連合体、国際人権連盟(FIDH、本部パリ)は23日の声明で、リビアでの反政府デモ開始以来、治安部隊の弾圧などによる死者は少なくとも640人に達したと発表した。また、フランス週刊誌ルポワン(電子版)は同日、リビアから戻ったフランス人医師の話として、北東部の主要都市ベンガジだけで死者は2千人を超えるとの推計を報じた。
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by djsinx | 2011-02-24 10:46 | News

エジプト革命に関するmixiとtwitterの温度差

1月25日の「怒りの日」からずっとtwitterでエジプト革命を追い続けてきた。このデモが起きるまではエジプトはモロッコの次に訪れるはずの国で、デモが起きてからは事態がどのように進展するのかが私たちの旅の経路に直接関わるようになった。早期に解決するのか、内戦のような状況になるのか、事態は全く予断を許さなかった。私たちのモロッコビザの残り期間は刻一刻と減り続け、次の渡航先へのエアチケットの購入の必要もあったため、ムバラク派の市民を装った警官や暴漢たちがタフリール広場を襲撃し、多くの死者と怪我人が出た日、私たちは今回の旅行でのエジプト訪問を諦めざるを得なかった。それが、我々が今ブエノスアイレスにいる一番大きな理由だ。

しかし、南米行きが決まったからといって、私たちはエジプトの革命の成り行きから目を離すことはできなかった。モロッコのエッサウィラで、カサブランカで、多くのモロッコ人たちがアル・アラビーヤの放送に釘付けになって事態の進展を見守っていた。

「モロッコではこういうカタストロフは起きないよ。食料も仕事もずっとしっかりしているから」

エッサウィラのグナワのかかるCD屋の若い店員は言った。モロッコではタイに負けないほど国王の写真があちこちの家や店に掲げられている。特に強制的にそうさせられている、という雰囲気でもなく、国民の表情も基本的に明るい。トルコの若者たちに感じたようなほとばしる活力を感じることも多かった。でも、やはり他人事ではないのだ。同じイスラムの仲間だからだろうか。エジプトのより良い事態の進展を願っていた。


一方日本では、エジプトのニュースはほとんど流れず、エリカ様がマレーシアに行ったという話がトップニュースになっていたらしい。エジプト関連ニュースの日本語タグではそのことを嘆く発言が相次いだ。twitterではエジプトの国内外から様々な方法で状況を示す情報や映像が流れ出してきていた。アル・ジャジーラ、アル・アラビーヤ、BBC、エジプト政府の規制や妨害をかいくぐりながら彼らは映像を送り出した。エジプト人の友人や家族からのメッセージを海外の関係者が受け取ってはtwitterに流し、それが繰り返しリツイートされた。インタビューやメッセージがFacebookで共有され、シェアされた。情報は最早現場から逐一生のままで流れ出し、伝えられた。

百万人のデモが行われた日も多くの日本のメディアは大相撲の八百長の話題で大盛り上がりだったようだ。日本のマスコミはもう本当に終わっている。日本のメディアの情報だけを見ているのでは世界に起こっていることを本当に知ることはできない。twitter上では目の前の本当にフレッシュな情報を目の当たりにした人々はその確信を深めていった。

ゴニム氏が釈放され、演説を行ってムバラクに対するデモが再び大きな広がりを見せたその時、日本ではまだ大相撲の話題と小向美奈子の逃亡の話題がその主軸だった。拘束中の非人道的な扱い、そして殺害された300人のエジプト人たちへの言葉が彼の口から語られた時、mixiニュースの反応は冷たく淡々としていて、それに対する日記での主な反応は「収まりかかっていた騒乱に油を注いだ愚か者」「自分が目立ちたいだけの英雄気取り」といった批判的なものだった。はっきり言って私にはこのことが信じられなかった。国家の安定のためにはどんな非人道的な措置や、理不尽な殺人さえ正当化されるというのか?大局のためにはそんなものは我慢して耐え忍べというのか?私には全く理解できなかった。

日本のメディアはその時点でも民衆を「反政府デモ」と呼び、ムバラクを「大統領」と呼び続けた。そして民衆の行動を何度も「騒乱」という名前で呼んだ。アメリカ人のエジプトへの関心も確かに高いものではなかったかもしれないが、少なくともCNNやワシントンポスト、ウォールストリートジャーナルもそんな扱いはしていなかった。ブエノスアイレスへの機内で読んだヘラルドトリビューンは大きく事態を取り上げ、様々な角度からのコラムを掲載していた。アメリカ政府の対応についてもしっかりとした視点で分析をしていた。

日本にはそんなことのできているメディアはなかった。アメリカ政府の顔色を伺う日本政府の顔色を伺って、可能な限り穏便に、ことなかれと言葉を選んでいた。そして、そんな報道しか見ていない日本人たちにはエジプトの空気は何も伝わらなかった。考古学博物館が荒らされたから民衆を許せない?そんなレベルの話なんて世界の誰一人していない。でも、日本はそうだった。そして、さらに悪いことにその程度の関心さえ持っていない人間が余りにも多過ぎた。

自分で調べることもろくにせず、ただ与えられた情報と日々の限定された関心の中でのんべんだらりと生活しているだけの人間たちだ。自分の頭を使って価値判断を求められるエジプトの革命になど見向きもせず、ただ「楽」だけをしようとしている。日々の仕事に疲れて、それ以上のものを求めない。エジプトは遠い国だから、という指摘も確かにある。でも、あの場所で起こっていたのはそういうレベルの物事でもない。21世紀が10年過ぎ、911が21世紀全体を彩る基調であるように諦めかかっていた時にこの世界に起こった新しい潮流なのだ。ただの便利なITツールであったtwitterやFacebook、Youtubeがその枠を大きく超えて人類の持つ確かな道具へと変貌したのだ。それはある意味、火やエンジン、電気にも匹敵する大きな変化かもしれない。

twitterの熱度はそれを肌で感じた人々の思いを反映しているようにも感じる。世界は変わるのではないか、変えられるのではないか、むしろ変わり始めているのではないか。1969年に多くの人々が感じたあの何かを私たちは今、感じているのかもしれない。あの時の革命は失敗に終わった。でも、それから40年経ち、ゴニム氏が革命2.0と読んだこのエジプトの革命は少なくともムバラクを放逐した。それも、アメリカを蚊帳の外に置き去りにし、イスラエルもイランもアルカイダも寄せ付けず。

私はそれを信じたいし、目の前で起こったことを自分の偽らざる気持ちで見て行きたいし、反応したい。だから私は私の思ったように生きる。今までもそうだったけれど、これからはもっとそうだ。それこそが未来へと繋がる道だ。
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by djsinx | 2011-02-14 08:46 | News

拷問の告発準備受けブッシュが海外渡航中止

恐らくこいつは22世紀の教科書では史上最悪の合衆国大統領として知られることになると思う。世界中の全ての国はどんどんこうやって締め付けるといい。オバマをはじめ、今後の合衆国大統領に対する大きな抑止力になるはずだ。もちろんそれは合衆国だけではない。独裁者たちの全てへの見せしめだ。

--以下引用--

国際総合 - エキサイトニュース

 【ワシントン共同】欧米の人権団体が、テロ容疑者への拷問をブッシュ前米大統領が承認したことは「犯罪」だとして、スイスの司法当局への告発を準備、ブッシュ氏が講演のために予定していたスイス行きを中止していたことが分かった。ロイター通信などが7日報じた。告発は、キューバのグアンタナモ米海軍基地のテロ容疑者収容施設で拘束されていた中東の衛星テレビ、アルジャジーラの元記者ら2人の代理で準備。
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by djsinx | 2011-02-09 03:54 | News

エジプト、憲法改正委が発足 政権移行プロセス開始

結局エルバラダイは何一つできずに終わりましたね。何が彼の腰を引けさせたのかは分かりませんが、最終的にはムバラク側の穏便な軟着陸で事態が収拾しそうです。アメリカも結局それを望み、利害が一致したということなんでしょう。ムバラク派のジャーナリストや市民に対する攻撃や情報の遮断等、終わったで済まされる問題でない話も山ほどあります。そんな中でムスリム同胞団がどのような組織でこれからどのように影響力を持ってくるのか、そして九月までにもう一乱起こるのか、非常に興味深いところです。

--以下引用--

国際総合 - エキサイトニュース

 【カイロ共同】エジプトのスレイマン副大統領は8日、国営テレビで演説し、ムバラク大統領が、憲法改正などに関する三つの独立委員会設置を命じる大統領令を出したと述べた。大統領退陣要求のデモが発生して8日で2週間。憲法改正委などの発足で、野党勢力との対話に基づく政権移行のプロセスが本格的にスタートした。政権側と野党勢力の対話には非合法組織の穏健派イスラム原理主義組織、ムスリム同胞団も参加。
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by djsinx | 2011-02-09 03:46 | News

群馬・栃木・茨城が本気で戦争をしたら

まず断言するのであれば勝者は栃木である。群馬の高崎観音がどうとか言っている輩がいるようだが、栃木には東照宮がある。亡き徳川の霊を守る鳴き竜、眠り猫、三猿である。さらに那須には千年前に封じられた九尾がいる。もう、これらに立ち向かえる勢力など将門公を除いては存在すまい。

なお、宇都宮駅東口には魔人・山田邦子の手による「餃子の女神」がいて、その目覚めを待っている。世が乱れ酸性雨がその像の餃子の皮を全て溶かしきる時、餃子の女神は全ての封印を溶かれ、末法の世を焼けた鉄にて焼き尽くすと言われている。その暁には女神の背から天にまで小麦色の芳ばしい餃子の羽が広がり、見るもの全てを恐怖のどん底に叩き落すというのだ。栃木県の子供達はみな子供の頃からこの話を聞かされているから真実であることは疑いようもない。

さらに言うなれば名産品の差である。水戸納豆に下仁田ネギでは悪いけれどかんぴょうや栃おとめの出番すらない。宇都宮の餃子部衆がその手捌きを見せ付けてくれる。にんにくねぎ餃子、それに唐辛子納豆餃子でファイナルアンサーだ。もちろん栃木県民の中でも真の宇都宮市民、「宮っ子」達は餃子に醤油などは垂らさない。酢とラー油のみで美味しく頂く。昨今ラー油がブームとなっているようだが、そんなものは「宮っ子」たちにとってはかんぴょう巻きを〆にするのと同じくらい遠い過去から当たり前のことである。

そんな栃木県民の弱点とは、微妙すぎて治しようのない栃木アクセントを東京都民に指摘されることだけである。

--以下引用--

女性コラム - エキサイトニュース

「群馬・栃木・茨城が本気で戦争をしたらドコが勝つ?」という話題が、インターネット上で話題になっています。戦国時代ならありえた話かもしれませんが、現代社会でその三県が戦争をしたら、とんでもない事になりそうですが……。

はたして、インターネットユーザーたちはどの県が勝つと思っているのでしょうか? インターネット上に書き込まれている勝利予想コメントをいくつか抜粋・要約してご紹介したいと思います。

・群馬・栃木・茨城が本気で戦争をしたらドコが勝つ?
「群馬って名前からして強そう、ヤンキーも多いし」
「茨木は中途半端に平和だし修羅の国の二県には勝てないよ」
「ゲームの『信長の野望』でも目立たないな。誰が統治していたのかわからない」
「群馬には外人部隊がいるだろ」
「栃木にはなぁ……栃木にはなぁ! なにも無いんだなこれが」
「栃木群馬と茨城じゃ月とスッポンの差がある事、わかってないな」
「客観的にみても栃木群馬と比べられるのは心外だわw そもそも栃木群馬は関東にいる資格あんのか?」(茨城県民)
「群馬は高崎観音が動き出すぞ」
「栃木群馬って関東じゃなくね?」(茨城県民)
「茨城のライバルは千葉なのか? 埼玉よりは下だよな」
「埼玉よりは茨城のほうが上だろ」
「栃木は100歩譲って関東としてもグンマーはちょっとねぇ……」
「群馬と栃木は共闘するに決まってるだろ。仲良いから」
「茨城は空港もあるしな」
「関東平野の北を防衛する栃木に負けなし」
「茨城の大勝利」(茨城県民)
「海のある茨城の圧勝だろ。内陸は経済封鎖で終了」(茨城県民)
「茨城の頭脳とテクノロジーレベルは日本でもトップだろ」(茨城県民)
「茨城さんがなんでそんなに自信満々なのかちょっと説明してほしい」
「群馬に埼玉が加勢したら、うちも茨城に付くよ。そうなった場合、栃木にはどこが加勢するの?」(千葉県民)
「共倒れなら日本が平和になる」

ほかにも、「栃木群馬連合に茨城は負けるだろうがそうすると親分の千葉が出てくる。疲弊した千葉を埼玉が楽して制圧する流れ」や「群馬・栃木・茨城は東京が近くにあるのに、何であんなに田舎になれるんだ?」、「ゲリラ化した栃木、群馬県軍が日本アルプスに逃げ込んだらなかなか厄介」、「群馬の北はまだ人間が足を踏み入れたことの無い未開の地。噂ではドラゴンの巣があるって話だ」などの勝利予想が書き込みされていました。

そもそも、群馬・栃木・茨城が本気で戦争をする理由が思いつかないので、この戦争はどう考えてもありえないものでしょう。
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by djsinx | 2011-02-04 03:07 | News

エルバラダイの経歴と今後

記事によれば「IAEA事務局長時代、イラクの戦争反対や、イランの核問題への対応で、当時のブッシュ政権と対立した。また過去に、イスラエルによるガザ地区封鎖に反対の立場を表明した」ということ。英語版ウィキペディアの内容を参照にしても、アメリカ寄りの経歴を持っているけれど、アメリカの傀儡ではない、独自のスタンスを取っていることも見て取れる。

http://en.wikipedia.org/wiki/Mohamed_ElBaradei

これが柔軟なバランスを持った政治感覚として機能すれば展望はそこまで悪くはない。アメリカの言いなりになった西側よりの舵取りでテロリストに真っ向から狙われる可能性も比較的低い。もちろん過去の経歴と今後の運営は同じレベルで語ることはできないが、人となりの参考としては感触は悪くはない。

しかしこの数日のエジプト国内の狂騒がどこに向かうのか予断を許さない。民衆の熱狂は悪いと一概には言わないけれど、緻密で正確な性質のものでもない。良くも悪くもハイな状態なのだ。醒めた日常への着地も含めて一つの出来事である。

--以下引用--

オバマ米政権「ムバラク後」探る動き本格化 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

特集 中東

 【ワシントン=山口香子】エジプトで1日、ムバラク大統領の退陣を求める「100万人行進」が行われ、ムバラク氏への退陣圧力が一層強まったことで、オバマ米政権は、エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長や他の反政府勢力との接触を図るなど、「ムバラク後」の対応を本格的に探り始めた。

 米政府当局者がAFP通信に語ったところによると、エルバラダイ氏と1日電話で協議したエジプト駐在のマーガレット・スコービー米大使は、米国がエジプトの政治的な移行を望んでいると伝える一方、「エジプトの将来について指図するつもりはない」と明言した。ニューヨーク・タイムズ紙(1日付)によると、オバマ政権は、エルバラダイ氏が野党勢力を糾合して政治勢力となった場合に、どのような対米姿勢をとるか、見極めを急いでいる。

 エルバラダイ氏に関しては、IAEA事務局長時代、イラクの戦争反対や、イランの核問題への対応で、当時のブッシュ政権と対立した。また過去に、イスラエルによるガザ地区封鎖に反対の立場を表明したことも、米国の懸念材料になっている模様だ。
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by djsinx | 2011-02-02 02:47 | News