草間彌生展 「永遠の永遠の永遠」を見て

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この世に天才がいるのなら、たぶん草間彌生はそのひとりに入るんだろうと感じる。それが昨日草間彌生展を見に行った感想だ。これまでに彼女の作品をちゃんと見たのはマドリードのレイナソフィアミュージアムの現代アートコーナーでだけだった。後はネット上の画像だったり、画集や雑誌に載っている写真、その程度だ。

草間彌生は幼い頃から幻覚を見続け、それが彼女の「反復」と「増殖」と呼ばれる水玉を基調とした作風の原型になっているという。説明だけ聞けばもちろんそれは病的な印象を受ける。実際現在は精神病院をベースにしながら活動を続けているということで、病気に分類される部分もあるのだろう。

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この展覧会の中でも彼女の死、特に自殺に関する言葉を目にする。彼女は生きるために、自殺しないための方法としてアートを見つけたと言えるのかもしれない。それは病気に対する処方などという生やさしいものではなく、崩れそうな堤防を必死で補強し続けるような作業だったのかもしれない。

ただ、彼女が自ら述べているように、その戦いは彼女の生と死だけに留まらず、恐ろしいほどに宇宙的な広がりを見せていた。彼女が太陽や月や星と言う時、それは天上に昇るのではなく、彼女の中で輝く。同じように花々や河や海は彼女の中に広がる。

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草間彌生ほど、アートマンとしての自らを通してブラフマンを観た人はいただろうか?絶えず吹き荒れる原型の嵐をまともに受けながら、そこをかくのごとく生き抜いている人はいただろうか?彼女の膨大な連作「愛はとこしえ」「わが永遠の魂」を見ながらそんなことを考えた。もちろん答えなどはない。

これ以上彼女の作品を解説も批評もできるわけがない。恐ろしいほどに圧倒されたとしか言えない。最後に見た短い映像作品の中で彼女は絵筆を握り絵を描いていたが、その時の眼差しは鬼気迫るどころじゃなかった。何かが草間彌生の中から這いずり出てきて絵を描かせているようにさえ感じた。生の原型がそのまま噴出してきているような。

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そして、自分のことを「私、天才。」と言ってしまうようなところだったり、60年代のニューヨークでの完全ノーブレーキな全力っぷりだったり、ああいう超オラオラなところは非常に好きだ。めちゃめちゃかっこよくてイイ女なのだ。恐れ多くて大先輩と呼ぶのもはばかられるほどだけれど、どう考えても自分たちの胸をはって誇るべき大大大先輩である。

もう、「何も邪魔しようとなんてしませんから、思う存分やり尽くして下さい」としか言えない。今もなお激しく燃え続ける、そんな天才だと感じた。

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開催場所なんかは同僚が記事書いてるのでそちらからどうぞ。

空間まるごと水玉模様、新作もある草間彌生の個展「永遠の永遠の永遠」 BUZZAP!(バザップ!)
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by djsinX | 2012-02-17 19:39 | 旅の記録
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