最果てのヴィエンサイ

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サムヌアを出てヴィエンサイに向かう。ソンテウで1時間弱なので朝少しゆっくりしていたら10時の便は客待ちでなかなか出ない。洞窟ツアーに参加するつもりだったので同じ便を待っていたツーリストと話をして少しエクストラを払って出発してもらう。この辺りからの景色もヴァンヴィエン周辺を思わせるとてもダイナミックで美しい山々が連なる。お昼前に埃っぽいマーケットに到着。チャリで回っている旅人に聞くとあちこちにあるけどいろいろな所に散らばっていて結構遠いという。なのでひとまず目に付いた宿の看板を手がかりに宿泊場所を探す。マーケットから200m程のところに湖上ゲストハウスを発見。一歩入るとそこの雰囲気が気に入り即宿泊することに。大きな部屋で40000kip、シャワー別。後で気がついたがシャワーは水道があるだけで手桶で水をかける原始的な方法。でもまあそれは問題ない。

13時のツアーに参加するために急いでオフィスに向かう。ソンテウに乗っていたときに見ていた景色の中に入り込んでいるようだった。明るい雰囲気の村のあちこちに石灰岩の山が聳え立つ。家のすぐ裏手に、そして池のほとりに。暑い日差しの中を歩いていくときれいなオフィスがある。表の看板にはバスや宿、食堂の情報が張り出されていて便利。中に入るとパテト・ラオに各国共産党から送られた書籍やレーニンの胸像等が飾られている。こんな無造作でいいのかとちょっと心配になるくらい。でもまだまだここを訪れる人も少ないということだろう。
最終的に10人近いお客が集まり、ツアー開始。ガイドのシーフォン氏は英語が堪能でいろいろ歴史について語ってくれる。お札にもなっているカイソーンの住んでいた洞窟は会議室や対化学兵器用の緊急避難室等も設けられていた。酸素供給ポンプはソ連製だとのこと。爆撃のクレーターなどもあり当時を偲ばせる。タイから飛んでくる米軍の飛行機に対抗するために対空砲台は西向きに据え付けられていたという。北には中国、東にはベトナムが社会主義国として存在していた歴史を思い起こさせる。各パテト・ラオ幹部の居住区以外にも病院や市場、劇場等が洞窟内に存在していたとのこと。一つの街が点在する石灰岩の山の中に隠れていた形だ。

ツアーは終始和やかにゆる~く終わり、市場でフルーツとご飯を買う。サムヌアまで一緒だったスペイン人のミゲルとイギリス人の彼女、ロレーンに再会する。彼らは今日はバイクで近くの滝まで行ってきたようだ。そんな話をしていたら同じく一緒だったドイツ人のマンフレッドにばったり出会う。彼もバイクで出かけていたようだが温泉まで行ってきてなんと200km以上一日で走ったとのこと。さすがだった。同じ宿だったミゲル達と宿のレストランでビアラオを飲みながらあれこれと喋る。ロレーンはティッシューダンスを専門にしているサーカス団員だという。こういう場所まで来る人たちは本当に面白い。

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by djsinx | 2009-02-23 13:20 | 旅の記録
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